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鈴木マサホひとくち日記 |
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民主党京都府連定期大会 3月31日
●3月31日(土)
午前中、思いがけない来客。白河総合支援学校をこの春卒業して就職が決まった娘さんとお母さん。入学時に相談に色々とアドバイスをしたこともあり、うれしい報告でした。卒業おめでとう!そして就職おめでとう!
昼前は社団法人鴨沂会の理事会。総会の日程などを協議。
<民主党京都府連定期大会>
午後1時には民主党京都府連定期大会の会場のホテルにて、自治体議員ネットワークの幹事会。5月に開催される全国フォーラムの打ち合わせ。
大会は来賓、党員の代議員とサポーターの代表らが集う。山井会長の挨拶で始まり、来賓のトップバッターは細野環境大臣。綾部市出身で京大卒業ということで京都には縁のある大臣。震災がれきの受け入れへの支援を訴えた。山田知事や門川市長、細田連合京都会長らが来賓挨拶。
以降、11年度の活動報告が幹事長からあり、各担当の役員がそれぞれ簡単に報告。ぼくも自治体議員ネットワークの代表幹事として2分ほどで簡単に報告、会計監査報告なども淡々と進み、活動方針についても幹事長以下、ぼくも含めて各担当役員から方針が方針を述べて、代議員やサポーターから質疑。いささか民主党の行き先を心配した質問もあったが、野次も飛ぶこともなく粛々と議事は進む。
2年が任期の会長人事については山井衆議院議員以外に立候補者はなく自動的に留任。会長指名で幹事長には若き府会議員の中小路健吾君が就任。その他の役員も若返った。ぼくは2区総支部幹事長として引き続き常任幹事会のメンバーとしてご意見番みたいな役割りを担おうと思っている。
民主党の本部では、消費税増税に反対して小沢グループが党の役員や政務官を辞任しているが、京都府連は動ぜず。出て行く連中はどんどん離党したらいいのだ。
懇親会では、発言の機会がなかった福山議員が政権交代以降に取組んできたことを報告して前を向いて進もうと演説。元気になってよかったね。
夕方は、わが事務所で中大路町西部町内会の総会。鈴鹿武彦さんから鈴鹿正和さんに会長が交代。地域コミュニティ活性化条例が策定されたことなどぼくは報告。今年の夏の地蔵盆も楽しみだ。
他都市行政調査で仙台と関東へ 3月28日ー30日
●3月30日(金)
<議員団他都市行政調査 東京都庁にて>
10時に東京都庁へ。いつもながらデカイ都庁には目を見張る。立派な会議室で、東京マラソンと帰宅困難者対策の実験について担当者からそれぞれ説明を受ける。
京都マラソンを完走した中野洋一君は今やわが議員団のエース?えらく張り切っているよ。「東京がひとつになる日」がキャッチフレーズの東京マラソンはオリンピックの代表選手の選考を兼ね、日本テレビとフジテレビが交互に放映している経過なども含めて説明。企業から10億円の協賛金があり、総額予算は18億円。桁が違うよ。
参加者はなんと3万5千人。地下鉄の上をコースにすれば、駅の施設を通ればコースの反対側にも行けるということで市民生活にはそれほど影響がでないようだ。
京都マラソンの第1回目はまあまあ成功したと思うが、さて次回も今から準備だね。担当者の皆さんがんばって。
それから帰宅困難者対策訓練については、あの東日本大震災を教訓として、2月3日に実施された。帰宅困難者とは距離が20キロ以上と定義して都内の百貨店や企業など138社、公募で参加した都民が750名、総計1万2千人が参加したという。
訓練の模様が放映されたが、もちろん訓練だから参加者は淡々と行動している。インターネットを活用した情報収集や発信や安否確認の手法が取り入れられている。また自衛隊や在日米軍にコンビニの協力など官民上げての訓練。来年には帰宅困難者対策条例を制定予定だという。
されど首都直下型地震が起きたらえらいこっちゃ!あまり東京には行きたくないなあ。
<副市長らの退庁式>
午後1時過ぎの新幹線で帰京。
午後5時から市役所前広場で細見、由木副市長と葛西交通管理者、西村水道管理者と高桑教育長の退庁式。
議員や市職員や関係者が見守る中、紋付羽織袴の門川市長が送別の挨拶。細見さんは民間人として登用されたが、高齢にもかかわらずようがんばらはりました。京都市万歳!と叫ばれたが万感の想いがあったのだろうと思う。由木さんは国交省に戻り、京都ファンとして尽力したい挨拶。
葛西、西村、高桑氏は、ぼくと同世代であり、ちょっとさびしく感じたのです。それぞれご苦労さんでした。また呑みたいね。
<吉田神社 総代会>
それから遅れて吉田神社は総代会に。氏子講社長ら役員さんらが集い、決算と予算が承認されて直会が始まっていた。いつもは正面に座っておられる鈴鹿隆男さんが亡くなってちょっと寂しいなあ。京都市都市緑化協会発行の「京のみどり」という季刊誌に「地域のつながりで守られる吉田山の周辺のみどりを歩く」と題して、吉田山を美しくする会に吉田山の里山を再生する会のことも含めて、ええ記事が載っていたので皆さんに配布する。喜んでもらいました。
●3月29日(木)
<宇都宮市のお弁当の日と雑誌スポンサー制度>
10時に宇都宮市役所に。立派な建物。20年ほど前に出会った反骨の議員、西房美議員が待っていただいていた。久しぶりの再会。お元気で何よりです。
宇都宮市は人口50万人。「お弁当の日」を実践しているということで教育委員会の担当者から説明を受ける。食について親子で考え、食への関心と感謝の心を育てることに目的で市内の小中学校で20年から実施されている。
中学校では家庭科の時間にみんなで栄養のバランスを考えながら献立を考えて家庭の協力を得ながら食育教育の充実を進めている。なかなか面白い取組みではないですか。脱脂粉乳を鼻をつまんで、いやいや飲んでいた給食世代からすれば幸せなこと。親子の会話も弾むというし、京都でもやってみたらどうや。
それから宇都宮市立図書館では収入確保策として、雑誌スポンサーを募って雑誌購入の無料化を図る試みもされている。これも担当者から説明を受けて実物を見せてもらう。たとえば、図書館の閲覧用の「週刊マルマル」の購入代金をスポンサー企業に出してもらって表紙と裏のカバーに企業の広告が入るというシステム。昨年秋から開始されていてまあまあの実績を上げているという。
泉佐野市では市の名前まで企業に売却するというアホなことを考えているようだが、宇都宮のアイデアは納得がいく。まあどこの都市も緊縮財政で知恵をだすことが必要な時代になったのだよ。教育福祉委員会でいちど議論してみようと思う。
<千代田区 区民参加型外部評価制度>
午後の新幹線で東京は武道館近くの千代田区役所へ。桜はまだ咲いていないよ。千代田区は、東京のド真ん中。人口は5万人弱だが、なんと昼間人口は85万人。
区民参加型の外部評価制度について政策経営部の担当者から説明を受けて質疑。平成13年から事務事業評価を実施してきているが、区民参加による外部有識者による外部評価を取り入れて、昨年に10事務事業について区民2千人にアンケート調査を実施。500人余の回答者があり、その内18人の区民が参加した「区民参加会議」を開催して行政評価を実施したという。
京都ではちょうど5年前に行政評価条例を可決・施行されているが、千代田区の場合は今後自治体基本条例盛り込む予定だという。
ぼくは同志社総合政策科学研究科の伊多波ゼミで勉強したので条例制定の必要性を訴えてきたこともあり、京都の行政評価制度は進んでいると思っているよ。
宿は新宿西口の高層ビルの中のホテル。昨夜の餃子で胃がもたれてアルコールは控え、夜の新宿を散策することなく早寝。
●3月28日(水)
<他都市行政調査で仙台へ>
定例市会も終わったので、議員団の他都市行政調査で同僚らと朝7時過ぎの新幹線で東上、東北新幹線に乗り換えて仙台についたのは昼。車中は爆睡。
東北大震災から1年。ぼくは9月にも行っているので半年ぶり。伊達の牛タンを食して駅から市役所まで徒歩で行くが、まちには活気が戻っている。
市役所にて震災についてと要援護者対策について担当者からそれぞれ説明していただいて質疑。仙台市民で亡くなった方は872名、行方不明者33名。建物は全壊したのが約3万棟、大規模半壊が2万6千棟、半壊が7万8千棟に及び、市内の4000宅地が地盤崩壊などの被害が出ている。特に若林区など海岸沿いには津波が6キロまで浸水。甚大な被害をもたらしたのだ。宅地被害は、市内周辺部に広がっている。
ライフラインや交通関係、農林水産業、商工業、住宅などその被害は1兆3千億円と試算されている。震災廃棄物がれきについては、撤去も概ね完了して、三箇所の仮設焼却炉で処理をされているという。また市内各所で放射線モニタリングも実施されているという。あれから1年、今は復旧から復興に取組まれている状況だ。
震災直後は、約10万人が250ヶ所に避難されたという。高齢者や障がい者などの災害時要援護者については震災以前から町内会や民生委員さんらの協力により、本人同意の上で名簿も作成されていて、特別養護老人ホームなど指定避難所を指定していた。 課題は、知的・精神障がい者への受け入れ体制だという。京都市の体制はちゃんと準備されているか、要チェックだね。色々と勉強になりました。そして一刻も早い復興を祈っています。
夕方宇都宮市へ。夕食までちょっと時間があったので市内循環バス「きぶな(黄色い鮒)」号にて市内を散策、15年ぶりぐらいかな。城址公園が立派になっていた。夕食の後、宇都宮は餃子のまち。もちろんケンタ餃子を食べました。
2月市会閉会 がれき受け入れ決議 3月24日ー27日
●3月27日(火)
<本会議 新年度予算を可決>
長かった2月市会定例会もいよいよ会期末。10時から本会議。冒頭、教育福祉委員会で審査した伏見の児童館の請願については不採択になったので共産党の議員が討論。予算特別委員長から審議された内容について委員長報告が30分ほど。予算について、各会派代表が7人が討論に登壇。わが議員団からは山岸議員が賛成討論。共産は予算関連で反対する議案もあったので、起立表決するのもあれば、共産も賛成した議案については簡易表決。付帯決議もついたが、新年度予算は可決されました。
<副市長に塚本、平口氏>
それから各常任委員長が付託されていた議案審議について委員長報告。順次淡々と可決されていく。昼休みの後も審議は続行されて、副市長に塚本行財政局長と総務省から平口愛一郎氏を選任。それぞれ挨拶。共産は反対。細見、由木副市長が退任。細見さんはご高齢でもあったのでご苦労されたことでしょう。お疲れさんでした。それから教育長には生田教育政策監が選任。市会議員の議員報酬の10パーセントカットも決めました。
<被災地のがれき受け入れ決議可決 傍聴席は騒然>
それから意見書については、共産の議員が順次討論に立つも起立表決で可決されていくのもあれば、共産だけが賛成して否決されていくのも。
東日本大震災のがれき受け入れの決議に自民の議員が登壇したら傍聴席が騒然。議長が静粛にと言い、退場して下さい、と発言する場面も。
なお文面には放射能の影響の検証や測定などの十分な体制と費用は国が負担し、安全な最終処分地の確保と安全と判断される災害廃棄物として、情報開示、説明責任、理解を求めることを明記していることをここでは書いておく。ともあれ、そうは簡単にことは運びそうにはない。科学的な検証を第一に、これからも冷静に大いに議論していくことが大切だとぼくは考えている。
京都党が提案した技能労務職への職員の採用の再開に関する決議については、自民党の議員が委員会での議員同士のやり取りを説明して、経過を知らない京都党らの若い議員をタシナメタのは面白かったよ。わが議員団は、採用の再開が必要だと考えているので、凍結する条例にもこの決議にも反対した次第。
本会議が散会したのは2時半ごろ。
その後本会議場で常任委員会の正副委員長の互選などの儀式も。
しばらくして、各会派に市長以下、新旧の副市長、そして葛西交通局管理者と西村京三水道局管理者が退任の挨拶に。
こうして2月定例市会に幕が下ろされました。
なお、ぼくは教育福祉委員会の委員と市会改革推進委員会の委員を新年度もすることになったので、よろしく。なお議員団の団長は今枝議員のままで副団長にはマラソンを完走した中野洋一君が大抜擢された。大丈夫かいな。
夜は深夜までかかって<こぺる>の原稿、<同和行政と向き合って>を書き終える。
ぐったりです。
●3月26日(月)
<意見書・決議の調整で右往左往>
いよいよ明日が2月市会定例会の会期末なので、意見書と決議の調整でぼくと山本ひろふみ議員が他会派との調整役。文言の修正をお願いしたりのやり取り。政権与党の立場なので、賛成できないものもあるし、しんどいね。随時進行状況を議員団に図りながら集約を図る。
で、共産は取り下げた意見書案もあったが、民主も賛成して提出するのが「介護保険のショートステイの食費の一食単位での設定義務付けを」「父子家庭支援策の拡充」、「介護保険制度の安定的な運営のための対応」、「若者雇用を巡るミスマッチ解消」の意見書は全会派が賛成。「戸別所得補償制度の見直しなど農業政策の立て直し」は、民主と共産は賛成せず。
決議は「介護保険料軽減に向けて国及び京都府に対して取り組み強化」は全会派賛成。自民、公明から提案のあった「東日本大震災で発生したがれきの受け入れ」の決議は、文言訂正もあり民主も共同提案で可決されることに。共産党は対案を出してこの決議には反対。
技能労務職への職員採用の再開に関する決議は、民主と共産は反対。子ども医療費支給制度に関する決議は、民主は賛成、共産反対。原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換と再生可能エネルギーの普及拡大の決議は、自民、公明、京都党が共同提案して民主は賛成。共産とみんな・無所属は反対。
以上が押したり引いたりお願いしたりで右往左往した結果です。
<討論結了、市会運営委員会は夜10時前>
午後4時過ぎにこれらの意見書、決議の取り扱いが決まったので、5時前から各常任委員会が開催されて付託されていた議案について各会派態度表明。
そして、6時前から本会議場で予算特別委員会が招集されて一般会計予算などその他の予算関連議案について態度表明。共産は一般会計や自動車運送事業会計などは反対を表明。
その後、付帯決議について調整に時間がかかり、明日の本会議での日程や誰が討論に立つのかを表明する市会運営委員会が開催されたのが9時半頃。こうして長丁場だった2月市会もようやく目途がついたのだ。
いつもながら討論結了の日は疲れます。同僚議員とホッピー飲んで手羽先を食べて帰ったら12時前でした。市会事務局の議事課は徹夜だろうな。
●3月25日(日)
<朝粥の会 高齢者の防火安全対策>
日曜日の朝、久しぶりに事務所で「朝粥の会」。「高齢者の防火安全対策」をテーマに左京消防署の宮下警防課長に出前トークをお願いした。近くの高齢者の方や自主防災会のメンバーら10人ほどが集まっていただく。
火災の実態ということで、ストーブ、たばこ、天ぷら鍋、ローソク、電気コードによる火災の実例など上げ、その対策。また救急体制のことなど懇切丁寧にお話いただき質問。朝粥を食べながら参加者でわいわい。今年の左京は火災件数が増加している。ちょっと心配ですね。
<震災がれき処理の勉強会>
午後は、民主党の府市会議員が集って、環境省の近畿地方環境事務所廃棄物・リサイクル対策の林里香課長から「震災がれきの各地域における処理について」の勉強会。 3・11から1年余。津波被害による岩手と宮城県の災害廃棄物を各自治体で受け入れて、東北復興のために協力してほしいということ。
確かにそうなのだが、問題は、原発事故による放射性物質による災害廃棄物の汚染の危惧。市長も受け入れを表明しているが、安全性の確認や最終処分地のことや住民合意など課題は山ほどある。市会でも決議を巡ってやり取りをしている所で、思案のしどころ。
舞鶴市でも受け入りを表明したということで高田舞鶴市議や城南衛生管理組合出身で廃棄物処理に詳しい米沢京田辺市議らが質問。 ぼくも大文字の送り火の被災松のことなど例に挙げて、安全性確認の説明責任のことなど質問する。
夜「こぺる」の原稿書き。未だ悪戦苦闘中。
●3月24日(土)
昼過ぎ、社団法人京都鴨沂会の理事会。公益法人に移行の準備を進めてきているが、京都府の担当者から指摘を受けていたことについて協議。色々とややこしいことがありますね。
午後3時から左京西部いきいき活動市民センターに。「居場所づくり」の3回目。生活環境づくり認定アドバイザーの佐々木厚司さんが「コミュニティの話」。養正田中まちづくりの会の公開自由討論も。参加者の数は少なかったけれど、かつての隣保館を拠点に自主的なまちづくりへの新しい芽がでることを期待したい。若いスタッフのみなさんがんばれよ!
<「社会保障と税の一体改革について」>
その後、前原事務所に。2区の府市会議員がそろって、政調会長として苦労している前原議員から「社会保障と税の一体改革について」講義を受ける。
人口減少と少子高齢化、債務残高900兆、国民所得の伸び率の減少などを要因としたわが国で、社会保障制度の安定財源として消費税を5パーセント引き上げようということ。1パーセント分2兆7千億円で、子育てや医療・介護、年金制度の改善、貧困格差対策の強化を図り4パーセント分の10兆円ほどで年金国庫負担や後代への負担のつけ回しの軽減などを図りたいと政調会長。
連日の民主党での意見集約の状況をテレビで見ているが、消費税断固反対の小沢派とのやり取りや今後の国会審議のことなども聞く。まとまるのやろか?
会期末を迎えて議員会 3月21-23日
●3月23日(金)
<議員会と意見書の調整>
27日の会期末を迎えて10時から議員会。文化市民局を呼び込んで京都会館再整備計画について、大まかな設計図が提示されているので、説明を受けて質疑。京都会館はこの3月で閉館して改築にかかることになる。パース模型の写真を見ると北西の疏水側から見ると建物のボリューム感が大きく見える感じがするのと資材の搬入口が疏水側になるのだが、大型トレーラーの出入りが気になる。小林幸子ショーの時など大丈夫かいな!
議員会では、付託された議案などひとつづつ賛成との態度を決める。京都党の提出した技能労務職への職員の採用等に関する条例の制定には反対。また各会派から昨日提出された意見書と決議についての問題点などを協議。山本ひろふみ議員とぼくが調整役。 自民から2本、共産から7本、公明から2本の意見書が提出されていて、午後は、それぞれの会派の調整役が集まって説明をして質問や、前向きに検討するもの、また賛成できないとの態度表明をしていくものなど、自民、公明からは被災地のがれき処理の受け入れについての意見書も。
午後3時過ぎには、市長応接室にて、市長と安井副議長とぼくも同席して、姉妹都市であるキエフ市とバレエを通じて文化交流を続けてきた寺田バレエのアートスクールの高尾美智子さんや児童たちが表敬訪問。市長からキエフ市長への親書が手渡されて、また研修旅行に参加する生徒さんたちを激励。可愛いプリマたちに花束贈呈。最年少は小学校の2年生の女児。がんばってきてね。
夜は、事務所にて「こぺる」の原稿書き。なかなか進まないよ。悪戦苦闘。
●3月22日(木)
<第四錦林小学校の卒業式>
10時前、わが母校の第四錦林小学校の第81回 卒業式。ちょっと講堂の中は肌寒い。なつかしい校歌を歌って開式。男子19名、女子35人、54名の2クラスの児童が木下校長から1人づつ卒業証書を授与される。子ども剣鉾に頑張った児童もいたよ。校長先生の式辞で印象に残ったのは、運動会で突如の雨の中,ずぶ濡れになりながら組み体操をやり切ったことを紹介して、絆の大切さについて訴えられたこと。それから別れの言葉として、シュプヒコール形式で1年生からの思い出やこれから旅立つ思いを一人一人が大きな声で繋いで行き、それに呼応して5年生が送る言葉も。厳粛な中で卒業式は終わった、女性の担任の先生からは涙。みなさん卒業おめでとう!ぼくが卒業したのははるか50年前か。半世紀になるのだよ。
市役所に向かう途中、下水管理センター東部支所に立ち寄って、この間、側溝の改善等市民から要望を受けていた案件について、お願いに。これをドブ板議員という。
<議員会>
午後は、議員会。27日の会期末を控えて、新年度予算や付託されていた議案について態度を決めて、また意見書や決議について協議を始める。予算特別委員会は3つの分科会に分かれて新年度予算関連が、また各常任委員会で付託された議案について審議されてきたので、問題点など各委員から報告。意見書については民主からは提案しないことに。
わが議員団の予算要望など実現することもあり、料金改定などもなく、概ね予算案についても、その他の議案についても賛成の方向に。夕方5時前後には、他会派から意見書案や決議案が届けられて明日の議員会で検討することになる。いつもの定例市会会期末の光景。
●3月21日(水)
常任委員会は交通水道消防委員会とまちづくり委員会でぼくは休み。事務所にて雑務。東日本大震災から1年経って、昨年秋に東北地方に視察に行った時の記録や10月の本会議の議事録など「忘れてはならないこと」をぼくなりに記録をしておきたいと冊子をつくることにしたのでその編集作業。
さらに「こぺる」に同和問題のことを書き上げていたが、編集者の藤田敬一さんから書き直しを命じられたので、修正を始めるが「呻吟」。悩む。
午後、連合京都に行ってとあることで挨拶に。
事務所には、模型作家の井崎三郎さんの娘さん夫妻が来所。パリのノートルダム大聖堂の模型など立派なもの。井崎さんは94歳とかで、どこかで展示できれば、いいのになあ。
<副市長らの新人事発表>
京都新聞には、門川市政2期目スタートの人事として、副市長の細見さんと由木さんが退任、塚本行財政局長と自治省出身の平口氏が後任とのこと。星川副市長と3人体制。
またぼくと同世代の交通局の葛西宗久管理者と上下水道局の西村京三管理者が退任。赤字の地下鉄の経営健全化で駅中ビジネス「ことちか」と職員の不祥事問題で揺れた水道局の建て直しでそれぞれ苦労したしやはりました。高桑教育長も退任とかで、同世代が一線を引いていくのはさみしいなあ。ご苦労さんでした。
教育福祉委員会で請願を議論 3月19・20日
●3月20日(火)
春分の日。朝、9時前に吉田神社は祖霊社にて大元講社の周りに白黒幕を張ったり椅子を並べたりの「春の大祭」の準備。暑さ寒さも彼岸までというが、梅は咲いていたが、今年は山桜も咲いていない。空気がまだ冷たいね。午後2時からは、吉田神葬墓地などに祖先を祀っている講社員が、神事を行なうのだが、ぼくは、カミさんに行ってもらう。
<社会保障と税の一体改革―「明日の安心」対話集会>
午後1時過ぎには、「みやこめっせ」での厚生労働省主催の<社会保障と税の一体改革―「明日の安心」対話集会に。小宮山洋子大臣がその役。さすが元アナウンサーということもあって手馴れたもの。
要は、65歳以上1人に対して以下の世代が9人の「胴上げ型」から、現在は「騎馬戦型」でこれからは65歳以上1人に対して1・2人で支える「肩車型」の超高齢化社会が来るので、社会保障制度の安定財源の確保のために消費税を14年には8パーセント、15年には10パーセントを引き上げて、年金制度の改革や子育て支援、医療介護サービスの充実を図ろうとするということ。
会場は百人ぐらいの参加者で、説明をした後、小宮山大臣は挙手をした人の前まで行って、質問と意見を聴くという対話方式。反対意見を激しく述べる人もいなくて、淡々としたやり取り。勉強になりましたと名刺交換。
といっても民主党本部では、党内の意見集約を図るための会議で前原政調会長の顔が連日ニュースに流れ、小沢派の連中がなんやかんやと息巻いているが、さてどうなることやら。
終わってから神事はすでに終わっていたが大元講社の役員会に。鈴鹿隆男講社長が先日亡くなって残念なことだが、今後の運営についてなど協議。
夜は、吉田神社参道前の「チェルキオ」にて、隔月に開催されているご近所の人たちとの会食会。京大総合博物館の大野館長は、喉の手術をしたとかで喋ることができなくて筆談。この5月には皆既日食が京都でも見れるとかで、京大博物館でも面白い企画展がされるようです。楽しみにしよう。
●3月19日(月)
<教育福祉委員会 紹介議員が趣旨説明>
2月市会定例会は予算特別委員会も終わり、その他の議案や請願を審査する常任委員会が開催。10時から教育福祉委員会。
まずは保健福祉局。冒頭に「就学前幼児の医療費の無料化」の請願について、紹介議員になっている共産党のくらた議員と委員会には所属していないが、紹介議員になっている森川議員が請願趣旨について説明。
先の市会改革推進委員会で決定したことで、紹介議員が説明をするというのは、大きな改革のひとつ。今までは行政が趣旨も説明をしていたのだが、今回は補足説明ということだけ。
そこで紹介議員に対して、各議員から財源問題などをどう考えるか、など議員同士のやりとり。なかかな緊張感があってよかった。森川議員もよう勉強していると感心したよ。
その後、彼は退席して、付託されている議案についての審議を始める。
自動車所有者への生活保護の打ち切りについての判決について控訴の提起について、また地方分権ということで、「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」の施行により、京都府から京都市に権限が移譲されることになった、理容師、美容師、興行場、公衆浴場、クリーニング業法に基づく衛生上必要な措置などに関する条例の制定について。ぼくはクリーニング業の友人がいるので簡単に質疑をした。
理事者報告は、新聞記事にもなった生活保護における「誓約書」の徴取のことについては、福祉事務所と本人とのやりとりなど説明もありそれなりに納得。市営保育所今後のあり方に関する基本方針については民間保育園との格差の解消なども議論。
その後、共産党の議員が紹介議員の請願案件について、年度末になるので、それなりに決着しなくてはいけないので、各会派が態度を表明。伏見区は淀の学童保育所の設置は、審議未了。深草児童館の設置については民主として審議未了を主張したが、不採択に。国民健康保険料の引き下げは、不採択。
介護職員の処遇改善の要請、介護保険料値上げの抑制の要請、訪問介護サービスの生活援助時間見直し撤回の要請はいずれも意見書を上げることを趣旨としているので、請願は審議未了ということにした。
その後、一般質問があり、生活保護の不正受給、孤立死、児童館分室の設置など。保健福祉局が終わったのは、午後6時30分。外は夕暮れ。
6時40分から教育委員会との質疑。小学校冷房化事業や御池中学校などのPFI方式による維持管理費の契約については、物価変動による減額措置の議案。また伏見区は、神川中学校増築工事請負契約の変更は、地元住民の反対で大型トラックから小型トラックで運ぶことになり、また校庭からコンクリートガラが排出されたので撤去にかかる費用の増が議案。
そして、教育条件の改善や中学校給食の請願は、賛成多数で不採択に。
今回の委員会は、請願を各紹介議員が説明をして、それに対する議員同士の議論が活発にされたのは、画期的なことであった。
最後の一般質問で、ぼくが高桑教育長に対して同世代ということで、教育長としての所見を述べてもらった。お疲れさんでした。
他の委員会は早々に終わっていたのに、終わったのは午後8時30分。超勤手当ては出ないのかいな!腹減った!
週末あれこれ 3月10・11日
●3月18日(日)
午前中、久しぶりにNHKで将棋を見る。ちょうと決勝戦。羽生名人と渡辺竜王の対決。最初の50手ほどは時間を一切使うことなく矢倉戦で進み、激しい攻防があったが、羽生名人は入王。147手で羽生名人が防衛。最近将棋を指したことはないが、将棋は好きですよ。
午後、金森昴作さんの出版記念会に行く途中、ゼスト御池に立ち寄り、地ビールフェスタで一乗寺ブリュワリーを飲もうと思っていたら長蛇の列。ぼくは行列はきらいだし、時間もなく呑めなかったのは残念。交通局の若手職員が企画したというが、多くのビール好きの客で賑わっていた。ええ企画や。次回を楽しみにしたい。
<金森昴作さん著「時代の証言」出版記念会>
それから、JR桂川駅で初めて下車、直ぐ近くのエルコープでの金森昴作さん著「時代の証言―協同・共生の道を求めて」(影書房刊)の出版記念会に。
金森さんが亡くなったのは2年前か、若い世代に語り継ぎたいと、自分史を語られたのを編集者の落合祥堯さんがまとめられた。金森さんは、1933年生まれ、学習塾や労働組合運動、三池三井炭鉱CO中毒裁判に関わり「原爆の図展」や「抱きしめて琵琶湖」などの市民運動を経験。
1987年、ぼくと清水達也府会議員との共同事務所「市民センター左京」で協同組合運動の勉強会を始めて93年にはエルコープを立ち上げた理論的な支柱のメンバーだった人。ぼくよりもひと世代上の人。エルコープを立ち上げた金森学校の黒岩卓美君や白塚悦子さん、またわが同世代の角替豊元府会議員らと懇談。ぼくもいつかは金森さんのようにわが人生、わが時代を語り継ぐことができるかな?
●3月17日(土)
なにも手帳に予定に入っていない土曜日の午前中、2週間ぶりか、春眠暁を覚えず、昼まで爆睡。
<出町近辺ユースアイデア図鑑>
午後、小雨模様だったが、養正学区にある左京西部いきいき活動市民センターに。指定管理者になっている劇研の青年たちが企画している地域交流プロジェクト「居場所作り」の第2回目。前回は宮田さよ子さんが認知症の話だった。
今回は「出町近辺ユースのアイデア図鑑」と題して、「出町と柳」というフリーペーパーを編集している青年や「かぜのね」という喫茶店?とフリースペースを運営している人や出町商店街のニュー青年部の高橋朋江さんらが報告。司会は岸井大輔君という劇作家。20人ほどの集まりだったが、今どきの若者たちの文化活動に接して楽しかった。
出町ではなんといっても先駆者は「ほんやら洞」でしょう。甲斐君の出町の写真展など色々と思い出があるが、このたび「かぜのね」が出版した出町柳駅前の戦前からの風景の小さな写真集はええで。また「私のモノがたり」という写真展も31日まで開催中。ささやかな営み、企画だけれど、かつての隣保館が市民に開かれた場所として新たな芽を出したことをうれしく思う。
夕方、久しぶりにいきつけの散髪屋「ひげ床」に。ちょうど月曜日の委員会で、理容師法と美容師法に基づく衛生上必要な措置などに関する条例の制定について審議されることになるので、いろいろと現場の話を聞き、また散髪の後、この間の連日の委員会で肩や腰がビシビシに硬くなって入る体をいつものようにほぐしてもらう。蛸のケンタローで美味しいたこ焼を食してのんびり。
予算特別委員会 市長総括質疑に立つ
●3月16日(金)
<予算特別委員会 市長総括質疑 2日目>
予算特別委員会の市長総括質疑の2日目。ぼくは登壇しないので、本会議場の最後列の席に座って、睡魔と闘いながら各委員の質疑のポイントをメモを取り、また週明けの教育福祉委員会で質疑をする付託された議案の資料を読みながら、やり取りを拝聴、時には野次も飛ばす。
わが民主からは、小林あきろう議員が文化首都のことなどいつものパターン、中野洋一君は京都マラソンを完走できたので参加メダルを見せびらかしながらの「走る環境整備」のことなど質疑。片桐君は成年後見人制度と高齢者の居場所づくりのことなど初々しく質疑をして、山本ひろふみ君は水道事業の課題や小水力発電のことなどについて質疑。
今日も21人の議員が質疑に立ち終わったのは6時を回っていた。疲れたよ。
共産党の議員との答弁で市長がいささか興奮気味に答弁したのは、新聞記事になった生活保護者への念書に対しての厚労省のコメントとリニア新幹線と府市協調に係わることかな。
その他、子育て施策や動物愛護センター、障害者福祉、防災対策、高速道路、メガソーラーなど市政全般にわたっての課題について質疑がされた。21人の議員が質疑に立ち終わったのは6時を回っていた。いやはやエコノミー症候群か、腰が痛いよ。ともあれお疲れさんでした。
●3月15日(木)
<予算特別委員会 市長総括質疑に立つ>
予算市会もいよいよ大詰め。午前10時から本会議場にて予算特別委員会市長総括質疑の1日目。以前は委員会室で開催されてきたが、本会議場での質疑はそれなりに緊張感がある。
自民、共産の次に、ぼくが民主・都みらいのトップバッターで登壇。前の共産党の議員が原発問題で色々と質疑をしたので、脱原発派であることを表明して、原発防災について述べたあと、福島からの自主避難者への市営住宅の提供について冒頭に質疑。受け入れをすると市長は答弁。
それから市長選挙やこの予算市会でも同和行政のことが大きな争点、話題にならなかったことに関して感慨無量だということと市長の考え、また相手候補も公約していた、公契約条例制定に向けての取り組みについても質疑。
さらに市立看護短期大学の廃止問題について、市会で否決されてことにも触れて、その経緯と反省と今後の取り組みについて問題点を指摘。わずか20分の持ち時間はあっという間に過ぎる。
自民が7人、共産が4人、民主が4人、公明が4人、京都党が1人、みんな無所属が1人の合計21人が登壇。時には野次も飛ぶことがあったが、各局との質疑を踏まえて、各委員は、予算編成、防災、原発、がれき処理、生活保護、交通政策、自転車政策、地下鉄事業、外郭団体団体、ゴミ減量、環境政策、子どもの医療費、高齢者福祉、リニア新幹線問題など、新年度予算について質疑。
市長と3人の副市長、交通管理者が答弁。6時過ぎまで延々続いた。ご苦労さんでした。
東日本大震災から1年 京都マラソン 3月11日ー14日
●3月14日(水)
ぼくが評議員をしている吉田幼稚園の卒園式だが、緊急に召集された議員団会議で出席できずに残念。
10時から議員会。昨日の市会改革推進委員会の報告や今後の日程、また明日から始まる予算特別委員会市長総括質疑で各議員が質問する項目と趣旨について打ち合わせ。2日間でわが議員団から8人の議員が登壇、ぼくはトップバッターで登壇することになっている。持ち時間は20分。
午後は、左京消防署で左京区自主防火・防災表彰式。各学区で頑張られた町内の自主防災部や事業所に対して局長表彰や署長表彰。今年になって火災件数が増加しているのは、ちょっと気がかりだが、地域の絆のためにも自主防災会の活動は大切、ご苦労様です。
それから韓国民団京都本部に在日の友人に同行して、国籍変更のことなど相談や、百万遍近くの知人からは、側溝の水溜りの改善についての要望も。
夕方は、京都マラソンに出場、完走した中野洋一君を酒の肴に議員団で一杯呑み、お祝いの会。中抜けしてタクシーでゴールへ行ったのと違うかとか、冗談。メダルを手にうれしそうな中野君、ほんまによくがんばったね。紹興酒が美味かった!
それから事務所で明日の市長総括に向けての質問のメモ作り。
●3月13日(火)
<市会改革推進委員会>
毎月一回開催されている市会改革推進委員会。
京都市会の基本理念・あり方などについては、5つの会派から案を中心に基本理念検討グループで協議、座長案がまとめられ、自民、民主、公明などは賛成したが、共産党は、会派として意見集約できないということで、現時点で基本理念をとりまとめることができないという結論に達した。共産党は議会基本条例制定には反対なのかな。
また「行動する市会」について各会派態度表明。委員会からの執行機関への政策提案、超党派の政策研究会の設置、正副委員長主導による委員会運営については、前向きに検討しようということ。また議会報告会の実施、意見聴取会の実施、出前議会の実施についてはすべて留保。
市民モニター制度、市政一般について市民が発言する場の設置(市民議会演説制度)について、たいして議論にならずに没。休日、夜間議会の開催も後ろ向き。
全会派が合意することが前提になるのだが、市会改革推進委員会をせっかく設置して議論をしてきているのに、前向きな会派とそうでない会派があって、ぼくはイライラしながら聞いていたが、ともかくやってみようではないかと意見を述べるが、あかん。
暖簾に腕押し、糠に釘、意気消沈だよ。議員同士が議論するのは、有意義だと思うが、民主主義は時間がかかる。「会議は踊る、されど進まず」。
委員会終了後、昨日に続いて、自治労京都市職の会議に。一件落着。疲れました。
●3月12日(月)
予算特別委員会は、第1分科会は開催されたが、第二分科会はなし。
午前中、事務所に知人のご子息が来所。東京で音楽関係の仕事をしている人、40歳代の手習いで税理士試験に挑戦、京都でご両親をいずれ同居するために京都に戻ってくるということで、勉強中。いろいろと今後のことについて相談にのる。
河島英五のことやライブハウス「拾得」のことなどわが青春時代のことも話題に。
午後、議員団室にて雑務。それから自治労京都市職のメンバーと会合。諸般のことについて協議。
夜、社団法人京都鴨沂会の理事さん宅を訪問。総会での記念講演のことなど打ち合わせ。
●3月11日(日)
<東日本大震災から1年、京都マラソン>
東日本大震災から一年。鎮魂の日。京都は東日本大震災復興支援と銘打った京都マラソンの日。寒さもまあまあでマラソン日和。
10時過ぎ、近くの東一条京大生門前に行って、一条通をトップランナーが独走で駆け抜けるのを応援して岡崎公園に。平安神宮大鳥居の北のところがゴール。
午前8時30分に西京極をスタートしたランナーは1万4千人とか。11時前か、トップランナーがゴールに駆け込む。次から次へと笑顔で完走した選手たちが続々とゴール。ガッツポーズなどさまざま。この日がデビューの観光アイドル、ゆるキャラ「どすえちゃん」も市長とともに出迎え。時には倒れこむランナーがいて接骨院の友人ら応急の措置。
岡崎グランドでは、B級グルメの店が出てにぎやか。富士宮やきそばなどでは長蛇の列。ぼくの知人が出展している桑の餃子、百万遍の「門」のちゃんこうどん、焼肉南山の岩手短角牛の串焼き、そして地元岡崎学区自治連の店は、柳橋のうどんやさんがそばを振舞っている。
わが議員団の中野洋一議員を探すが、見つからず。ちょっとゴールを離れていた時ゴールしたのか、本人いわく4時間50分で完走したという。ほんまかいな、と思うが、ようやった!快挙だよ!
岡部達平君も彼女と仲良く、そして最年長の市原にお住まいの河内英明さんは87歳、6時間の制限時間ぎりぎり近くで完走、ゴール。おめでとうございました。
「どすえちゃん」もなかなかの人気。市内は大渋滞になることなく、1万5千人かの給水や交通整理などの市民ボランティアで成功に終わったようだ。
朝は、真っ赤の服を着てスタートのピストルを合図した市長は、ゴールでは和服姿でご満悦です。
そして、午後2時46分、ゴールのところで、東日本大震災で犠牲になった被災地の人々への黙祷を捧げ、一刻も早い復興を祈念。
1年前、3月11日午後2時46分、市役所は議員団室で地震の揺れを感じた。すぐにテレビをつけて同僚の議員らと、津波警報が出されて、3時過ぎに襲う津波に息をのみながらテレビの画面を見続けていた。
4時前には、左京区は西部いきいき市民活動センターでの「みんなの居場所づくり」と題したささやかな集い。認知症の介護に長年携わってこられ、「花の家」を開設されている「日本いのちの花協会」の宮田さよ子さんが「認知症への理解」と題して講演。 人間の尊厳について、親父とおふくろのことを想いながら拝聴。
夜は、テレビの報道番組に見入る。あれから1年。
原発事故は、収束されず、放射能の不安におびえながらの生活を送っている人たちも多い。がれき処理や除染のことなど、これからの課題は、山積み。「絆」がこれから問われる。
3・11を決して風化させてはならない、と思う。
京都水族館の内覧会 3月9日・10日
●3月10日(土)
<京都水族館 内覧会>
朝10時過ぎ、建設まで色々と議論のあった梅小路公園の水族館の内覧会に。当初の計画ではなかったと思うが、入ったらサンショウウオが泳ぎ、鴨川の源流をイメージした展示から始まり、オットセイやアザラシの泳ぐ水槽やペンギンの水槽、また魚が泳ぐ水槽に磯の教室など海を知らない京都の児童や生徒にとって教育の場としても工夫されて、もちろん大人が見ても興味深いと思う。
11時過ぎからは、イルカの泳ぐ観覧席でセレモニー、観覧席からは新幹線や東寺も見えて新しい京都の風景が広がり、蒸気機関車の煙とボーという音も聞こる演出。オリックスの宮内氏が京都に貢献したいと挨拶。そして市長は感慨深そうな挨拶。また前原議員も来賓として鉄道ファンとして、全国300万に?鉄ちゃんに宣伝しますと楽しい挨拶。イルカショーを見たかったが退席。
<佐野榮冶さんの祝賀会>
正午から京都府喫茶飲食生活同業組合理事長、佐野榮治さんの旭日双光章受章の祝賀会。伊吹文明議員や京都府生活衛生営業指導センターの山岡景一郎さんらと同席。
佐野さんは、平安神宮は武道センター前で長年「サバト」という喫茶店を経営、今は岡崎入江町での地域の人たちをお客さんにして喫茶店を営んでおられる。20年ほど前か、ご自宅の家の前が浸水するということで、相談に乗って以来の付き合い。スピーチでは、ぼくも学生時代に駱駝館という喫茶店の雇われマスターをしていたことと、出会いのこと、またこれからは地域の高齢者の居場所になるような喫茶店をしてくださいと挨拶する。市長も駆けつけて挨拶。
その後、円山公園での「バイバイ原発3・10京都」集会とデモにも行きたかったのだが、民主党の京都府連の常任幹事会と2区総支部の常任幹事会もあり、参加できなかったのは残念だったよ。それぞれの会議では、3月31日の民主党京都府連の定期大会のことなど打ち合わせ。
その後、特定非営利活動法人「加音」西京極作業所のスタッフの歓送迎会に。障害者自立支援法でいうところの「就労継続支援・B型」の福祉サービスの事業所として自閉症の青年たちが作業をしている。ぼくも運営委員の1人。みなさん応援してくださいね。
●3月9日(金)
<予算特別委員会 教育委員会と>
予算特別委員会の第2分科会も5日目、いよいよ最後。教育委員会との質疑。各委員は、道徳教育、不登校、伝統文化教育、過労死、青少年科学センター、総合支援教育、PTA全国研究会、体育館の防災化拠点と運営、給食の安全性、学校図書館、理科教育、副読本、武道の安全性のことなど質疑。わが「民主・都みらい」からは、宮本議員も質問したので、ぼくの持ち時間は16分。
決算特別委員会で質疑をした 子育て世代活動支援センターは、青少年科学センターにこの春にはオープンするという。わが地元の白河総合支援学校の生徒たちが地域に溶け込んでいることを紹介して、東山分校が開設準備に入るのでスタッフと地域の理解と交流について、また環境教育としての体操服のリサイクル運動、「体操服行ってらっしゃい、おかえりなさいプロジェクト」を紹介して今後の取り組みについて、そして、京都府教育委員会と協力しながら進められている公立高校の教育制度に係わる懇談会のことなどを質疑した。高校制度のあり方については今後も注視したい。
午後7時過ぎには、連合京都春季生活闘争勝利総決起集会後、円山公園から河原町通をデモをするので、恒例の三条河原町での民主党の国会議員秘書団や府市会議員が揃ってデモ参加者への激励。雨も上がって、それほど寒くなくてほっとした。
それから京都大学時計台ホールに走る。震災復興支援国際交流演奏会<リスト200年の祈り>と題したコンサート。実行委員長の西川浩樹氏とちょっとした縁があって駆けつけた。最後の曲目であったが、アラン・ダミアン氏のクラリネットを中心にした演奏。門川市長も公務多忙なとき参加していて、ほっこりした表情でした。
連日の予算特別委員会 3月3日ー8日
●3月8日(木)
<予算特別委員会 保健福祉局と>
予算特別委員会4日目。保健福祉局との質疑の2日目。
ぼくは12番目に質疑。新規事業で、前立腺がん検診で50歳以上の男を対象に一部を公費負担で検診を受診できる予算が5400万円組まれたので、いささか気にしないといけないので、質疑。
また食の安全安心条例が施行されて2年、この1月に「京・食ねっと」のホームページが立ち上げられたことについて評価。賞味期限切れの表示を間違って出した事業者の自主回収の報告や放射能に検査の結果なども公表している。年代別の食のこと、京都の食の文化のこと、レシピもありこれは必見ですよ。
また総合支援学校生徒をはじめ障がい者の企業就労のことやインフルエンザ流行について質疑。
各委員は、福祉施設の耐震化、高齢者見守りサポーター、中央斎場、生活保護、高齢者福祉、ユニバーサルデザイン、保育行政、介護保険、児童館など各分野について質疑。
この議員は、どの分野を質問するのか、だいたい予想できる。わが分科会では民主からは、発言していない議員もいるけれど、中野議員と片桐議員も頑張っているよ。
委員会も4日目も終わったが、毎日6時頃まで座り続けているので腰が痛いよ。エコノミー症候群みたいなものか。
夜は、ちゃんこ「横綱」でとあるメンバーらと会食。筍とあわびと地鶏の水炊きが美味かった!
●3月7日(水)
<予算特別委員会 保健福祉局と>
予算特別委員会の3日目。保健福祉局との質疑。
保健福祉局は、一般会計だけではなくて国民健康保険、介護保険など特別会計もあり説明に40分ほどの時間がかかる。京都市の一般会計新年度予算は7300億円だが、そのうち生活保護扶助費など社会福祉費に2700億円弱の36パーセント占める。「ゆりかごから墓場まで」という言葉があるが、医療、保健、福祉と市民生活に係わる重要な行政分野を占める。
各委員が順番に質疑。生活保護や保育行政、児童館、障害者福祉、高齢者の居場所、成年後見人、動物愛護センターのことなどが話題に。
<市立看護短期大学問題>
ぼくは、市立看護短期大学の廃止問題についてと障害者自立支援法移行のこと、いままで共同作業所と呼ばれていた施設は、障害福祉サービス事業所として名前を変えることになり、心のサポートの新規事業のこと、また市内在住の障がい者が隣接都市の施設に通う場合の配慮など質疑。
ところで、市立看護短期大学問題は、廃止条例について2年前に自民党と共産党とが反対して否決したことからややこしくなっている。5月市会で再上程されて、またこれも自民党の半分の議員が反対して議長裁定で可決されたのだが、仏教大学など他大学の看護学部への移行が頓挫。
今年、育英館という専門学校の法人が手を上げたので「市立学校の教育資源に係わる継承者審査委員会」が立ち上がって審査されることになった。さてこの問題と、留年した学生が2人いるということでこの一年は継続することになるのだが、さて当時の当局と市会の対応について反省しないかんのとちがうやろかとぼくは思っている。
夕方は、安井副議長から声がかかって晩飯に。1987年に当選した同期の桜。可愛い高校生のお孫さん!が登場。孫と爺さんの微笑ましい会話が楽しかったよ。
●3月6日(火)
<予算特別委員会 建設局と>
予算特別委員会の2日目。建設局との質疑。
予算の説明の後、最初に質疑した共産党の委員が高速道路についてやり取りをしたので、2番目で続いたぼくは計画されている市内高速道路3路線について、凍結するべきだという民主の考え方を臨機応変に述べて、市長選挙で話題になり決算市会でも質疑をした入札制度の改善と公契約条例の制定に向けての取り組みと考え方、またこの間、提案してきている街区公園を高齢者が介護予防に活用できる「すこやか公園」の整備、またローカルだけれど左京区の課題として、高野川北泉通の新橋、二の瀬バイパス、また銀閣寺参道の無電柱化計画の進捗状況、そして丸太町通は武道センター前の道路の振動と空洞化問題について早急な道路改善を申し入れる。
各委員からは、自転車政策、街灯の LED照明化、橋梁の耐震、減災対策、御所周辺の歩道の改善、道路や公園を巡る課題など、建設局が所管する諸予算について質疑があった。
予算特別委員会は、以前は、公営企業と普通予算に別れて委員会が開催されてきたが、今は、第1分科会で行財政局、文化市民局、産業観光局、総合企画局と行政委員会を、第3分科会で交通局、上下水道局と消防局を、そしてぼくが所属している第2分科会では都市計画局、建設局、保健福祉局、教育委員会を審議するということになっている。
<永遠に捨てない服が着たいー太陽の写真家と子どもたちのエコ革命」>
夜は、事務所の来客は、写真家で、体操着のリサイクル運動に取組んでいる岡部達平君。児童文学作家の今関信子さんが書かれた新著「永遠に捨てない服が着たいー太陽の写真家と子どもたちのエコ革命」(汐文社)を持参。
彼の活動が本になった。門川市長との会話のやりとりなども書かれてあり、彼の真摯な環境への想いが伝わってくる。わが鴨沂高校の後輩でぼくもうれしいね。京都マラソンに彼女と一緒に走るという。完走したら結婚するという。これもええ話やね。がんばりや!
●3月5日(月)
<予算特別委員会が始まる 都市計画局と>
今日から2月定例市会の予算特別委員会が3分科会に分かれて開催。ぼくは第2分科会。初日は、都市計画局との局別審議、冒頭歳入歳出について説明があり、自民、共産、民主、公明の順で、ひとり持ち時間は答弁をいれて20分で質疑。
らくなん進都、細街路、三山保全、高齢者の住まい作り、京町家、 歩くまち京都総合交通戦略、四条通の拡幅、歩いて楽しいまちなか戦略、市営住宅、防災のまちづくりのことなど各委員から質疑。
ぼくは、市長選挙で同和問題が争点にならなかったことを踏まえて、崇仁地区の将来ビジョンと今後の取り組みについて、また京都駅南口の整備で特に貸切バスのこと、新景観政策と屋外広告物のこと、そして東日本大震災から1年、被災者への住宅提供と火災被害者への住宅提供のことなど質疑。
ちなみに被災地から市営住宅に113所帯222人が京都で生活されている。そして今年退職される寺田敏紀局長に、感想とこれからの課題について所感を聞く。16人が質疑に。午後6時前までびっしりと。
夜は、吉田氏子講社の役員会。5月13日に開催される氏子講社の春の大祭についての打ち合わせや役員人事について協議。
●3月4日(日)
<洛北福祉まつり>
朝、小雨模様、近くの錦林小学校での高野川ライオンズクラブ杯左京小学生ベレーボール大会の予選リーグの試合を見てから、岩倉南小学校での洛北福祉まつり。雨で体育館で行われていた。「洛北からも発信、絆のうれしさ、力づよさ」がテーマで社会福祉協議会の人たちを中心に、医療機関や介護や福祉施設、また京都精華大学の学生などが被災地応援ブース、ふれあいステージ、子どもコーナーに、カレーやうどん、そして施設でクッキーなどの販売など多彩な催し。多くの知人と出会う。
<高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会>
午後は、松ヶ崎のこども体育館で高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の決勝戦。今年で15回目。4年生13チーム、5年生13チーム、6年生19チームの合計45チームが参加。
4年はかわいいし、5年生は松ヶ崎の男子と女子のチームが決勝戦で白熱、6年生は明徳男子の背の高い少年が強烈なスパイクで圧倒。未来のオリンピックの代表になれるかな。高野川ライオンズクラブは少人数で今年からは入賞チームだけにメダルの授与。ぼくが代表して閉会の挨拶をする。
<島内研後援会 ボーリング大会>
その足で、しょうざんボールでの島内研府会議員の後援会のボーリング大会。ボーリングは終わっていて懇親会では賞品が渡されているところ、前原後援会のメンバーなども参加して、1年前を思い出して激励の挨拶。あれから1年、島内議員の挨拶は、まだまだ初々しいなあ、もっと元気よく大きな声で喋りや。
<京都から環境と文化を考える夕べ>
その後、同志社の寒梅館に。鴨沂高校の大先輩で女性学などで活躍されている京都生涯教育研究所の冨士谷あつ子さんらが主催された「フォーラム<京都から創ろう 環境文学 環境アート>」の後の懇親会「京都から環境と文化を考える夕べ」に。
作家で俳優の中村敦夫さんらが参加したシンポジウムには参加できなかったのは残念。旧知の大阪大学の社会学者伊藤公雄氏や京都の寺社を舞台に「芸術を通して日本の伝統文化を再認識して頂く」活動としてART EXPOを展開している<観〇光(かんひかり)実行委員会>の奥田千夏さんや環境、文化問題に取組まれている岡本民夫先生ら諸先生らと懇談。
その後、事務所で明日の都市計画局との質疑でメモ作り。
●3月3日(土)
<民主党地方自治体議員フォーラム全国世話人会>
朝7時半の新幹線で東京へ。車中爆睡。天気もええので閑散とした丸の内からジョギングでにぎわう皇居をぶらぶら散歩しながら国会議事堂近くの民主党本部へ。
まずは11時から民主党地方自治体議員フォーラムのブロック代表世話人会。北は北海道から南は九州まで9ブロックの代表世話人が集まり、5月8日・9日に予定している総会と分科会講師のことなどまずは打ち合わせ。
午後1時から全国47都道府県の自治体議員の代表者が集まり全国世話人会。ぼくは京都の自治体議員ネットワークの代表で近畿ブロックの代表世話人なのです。総会に向けての打ち合わせ。
飛び入りで環境大臣政務官の高山智司議員が、被災地のガレキ受け入れの協力を求めるために環境省の考え方を説明に。また民主党組織委員長の古本衆議院議員は社会保障と税の一体改革について、カラー刷りの資料を示しながら政府の民主党の考え方について説明。国会議員の中でも消費税について反発があるのに、地方議員として、はい、わかりました、というわけにはいかんよね。瓦礫の処理についても同様だ。
会議終了後、フランク永井の「有楽町で会いましょう」で知人と食事。銀座は歩行者天国。ぼくの近衛中学校の修学旅行は、新幹線が開通する前で、「きぼう号」に乗って舟木一夫の「修学旅行」を歌いながら箱根と鎌倉と東京だった。かれこれもう50年ほど前かいな。午後8時過ぎの新幹線で帰京。
本会議、代表質問 3月1日2日
●3月2日(金)
<本会議2日目。民主は隠塚、中野、松下議員が代表質問>
本会議の2日目。わが民主・都みらい京都市会議員団は、市長選挙で民主党の選対事務長としてがんばった隠塚議員がトップバッターで市長選挙の総括と再選の決意、府市協調、予算編成のこと、ペレットボイラー、コンテンツ産業、野生鳥獣被害対策、学校給食の地産地消のことなど淡々と質疑。
続いて2期目の中野洋一議員は、雨に強い街づくりの政策の融合、区役所改革、歩いて楽しい東大路の推進、路地対策、また東京の美術館の売店で売っている商品を壇上で見せながらいかに稼ぐか、そして自らランナーとして走るということで京都マラソンのことを質疑。果たして完走できるのかな?
そして3番目に松下真蔵議員が登壇。財政問題、新景観政策、太陽光発電助成制度、事業仕分けをした公共地下道の管理や紙パックの拠点回収について、そして最後に今後の山科区のまちづくりについて述べたのだが、焼却灰溶融炉のことなど議員団の見解とちょっと違う意見を表明したので野次も飛んだ。事前にちゃんと点検しとけばよかったな。
その後、公明党の日置、曽我、平山議員が、それから京都党の中島、江村、みんなの党・無所属の会の森川議員がそれぞれ初登壇。2元代表制や特別市、二重行政のことなどが話題になった。若い議員が活発に議論することで、活気が出てきたことはいいことだ、と若かりし頃のことを思い出しながら聞いていた。
代表質疑の後、不採択になった請願のことで共産党の議員が延々と討論に立ち、予算特別委員会での23年度補正予算についての審議について委員長報告があり、全ての会派が賛成ということで原案可決して散会。
●3月1日(木)
<本会議、自民、共産議員が代表質問>
あっという間に2月は過ぎて弥生3月。10時から2月市会定例会は、各会派の代表質問の本会議の1日目。10時から昼休みを挟んで、自民党は橋村、内海、大西、中村議員の4人が登壇。市長選挙が終わった後の本会議なので、市長選挙の総括やマニフェストの実現に向けての予算や執行体制のことから始まった。経済再生と雇用、府市協調と二重行政、関西広域連合、防災対策、リニア中央新幹線、原発事故、福祉や伝統産業や教育問題などそれぞれが言及。
2時過ぎからは、共産党の山中、玉本、樋口議員が登壇。消費税や焼却灰溶融炉、原発、被災者支援、学校給食、国民健康保険、子どもの医療費助成、公契約条例、また左京区役所や岡崎地域のことなど市長選挙で彼らが争点にしていたことについて質疑。
市長選挙には勝利できなかったので、イマイチ意気はあがらずかな。野次もそれほど多くなくて市長は淡々と答弁していたのが印象的。紛糾することなく5時前に延会。
<坂本三郎さんのフランスの農事功労賞シュヴァリエ受章祝賀会>
6時過ぎには、エクシブ八瀬離宮でのフランス料理のシェフ、坂本三郎さんのフランスの農事功労賞シュヴァリエ授与式・受章祝賀会に出席。坂本三郎さん一家は、大原在住の人で大和学園は京都栄養医療専門学校の先生。在京都フランス総領事が授与。京都の料理人や大原のみなさんがお祝いに。NHKBSで放送されたベニシアさんとの番組の映像も放映された。フランス料理とワインを堪能して至福のときを過ごす。おめでとうございます。
ええ気分で事務所に戻ったが、それから某議員と後援会の幹部の人と懇談。色々と頭が痛いよ。
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