鈴木マサホ事務所本文へジャンプ
       鈴木マサホひとくち日記 
文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中
2013年8月

                 


吉田東通の夜市  8月30日31日

●8月31日(土)

       <京都市総合防災訓練>

 今朝は京都市総合防災訓練。毎年11の行政区を順番で行われているが今年は中京区の番。市役所前広場と通行止めにした御池通がメイン会場で、御池中学校や御所南小学校でも避難所も設置されての訓練もあったが、中京区民の参加で実施。
 今年の目玉は、京都ホテル屋上にヘリコプターがレスキュー隊員を降ろして、17階のビルの屋上からロープで隊員が壁面を滑り下りる。いやあ、映画「ミッション・インポシッブル」を見ているようでスゲエ!消防分団や自主防災会など訓練に参加された関係者のみなさん、お疲れさんでした。門川市長は、さすが和服姿と違って防災服姿。凛々しかったよ?!

 解散後、大文字保存会の長谷川さんと岩倉は長谷の「まつたけ十字軍」の里山に。もう7年ほどになるのか。学生部隊も参加して賑やかでした。代表のまつたけ博士、吉村さんとはもう40年来の付き合いか。

       <吉田東通 夜市>

 午後1時からは、台風接近を気にしながらわが地元「吉田東通の夜市」の準備を見守る。わが事務所は出演者の楽屋。近くの近衛広場にはヤグラが設営されて本部のテントも立つ。

 午後3時過ぎには吉田郵便局前では、剣鉾仲間が子どもの遊びコーナーや風媒館や佐野酒店、「ひよこ」など出店の準備が進む。美容室「bizou」ではお化け屋敷。ちんどん通信社のメンバーも街を練り歩き始め祭り気分を盛り上げる。

 午後4時過ぎ、近衛広場で松井酒造さんの銘酒「神蔵」の酒樽で鏡開き。公務多忙な中、前原議員も激励に来てくれる。近衛のファミリーマートから吉田東通を南に国際学生の家近くまで、店舗の店先などを借りて、60店ほどの出店が出る。交通警備には「おにだるま隊」のボランティアのみなさんが、大きな声を張り上げて「車、とおります!」と交通整理。最高の警備陣でした。
 台風接近なので心配していたが、日が暮れるころ雨!近所の井上君の三線による沖縄民謡のライブが佳境に入っているときだった。残念。されでも雨の中、褌姿の同志社相撲部の学生と出町柳駅近くの「ナミイタアレイ」の自転車屋さん?柴山留佑さん二人による「ちゃんこぽんちー」による土俵入りパフォーマンスは、もう最高!傑作でした!
 元ほんやら洞にいた屯風亭とん平君の落語や上野円さんのハープ演奏は聴けなかったのは残念。チッパーのうどんやチェルキオのオムライスも美味かったし、ビールも飲んで、フラフラ。ヤグラの周りでフィナーレは、雨の中の盆踊り。

 近所のおじさんたちもご機嫌で参加してくれてよかった、よかった!ケンタロー君、赤尾さんご苦労さんでした!ご協力いただいたみなさん、ご近所の皆さん、ありがとう!

 おまけは、「おにだるま隊」で交通整理に頑張っていた女性陣3人とわが事務所で缶ビール飲みながらワイワイ。KBSで放送している「月面クロワッサン」制作している劇研の浅田さん、辻企画とかで怪しい芝居の演出してるという司辻さん、kikikiというダンサーの3人。楽しかったよ!

 無事に夜市、終わりました!夏も終わり。明日から9月や!




●8月30日(金)

 毎週金曜日の朝9時30分から、近衛広場で公園体操。気持ちのいい汗を流す。今日も快調!

 その後、事務所にはコムペイジの牧野君が来所。「左京ライフ」の9月のお知らせなど、新たな書き込みをすることなど相談。左京ライフには、明日の「吉田東通の夜店」のお知らせを掲載しているが、この2,3日でアクセス数が一気に増えている。コミュニティーウエッブサイトとして、「夜市」の宣伝にも大いに貢献してるよ!
 
 で、昼からは、「吉田東通の夜市」の準備。まずは、丹波口中央市場近くの倉庫に京都花灯路推進協議会が管理している「行灯」を取りに行く。「東山花灯路」や「京の七夕」で使われる「行灯」。1基200円!で貸し出してもらえるので利用しようということ。また吉田神社の倉庫や錦林小学校の体育館に机を、また松井酒造さんのところでは銘酒「神蔵」の酒樽を借りに行く。この酒樽は、アイデア賞もの!色々な方の協力があってこそ、「夜市」を成功に導くことができるのです。
 ぼくは、実行委員会の相談役ということで、車の運転から荷物運びまで、こき使われているのだ。それにしても台風接近で雨が心配。「タコとケンタロー」の軒先にはテルテル坊主が釣られていた。

 夕方、ちょっと時間が出来たので、いきつけの「ひげ床」さんで久しぶりに散髪に。ちょび髭はもう1年以上生やしているが、7月の参議院選挙が終わったあと、北九州に行った時から、アゴ髭を伸ばし始めた。剃るかどうか、悩んだがもう少し伸ばしておこうと思う。散髪の後、髭をバリカンで整えてもらい、さらに体を解してもらう大サービス。いつもながら感謝!タコとケンタローでビールを飲みながら明日の夜市の最終打ち合わせも。

 ニュースは、アメリカが中東はシリアの化学兵器の使用で爆撃など介入するか、どうかという瀬戸際。きな臭い。


ちょっと涼しい夏の終わり
●8月29日(木)

    <空き缶持ち去りへの対応手引き>

10時過ぎ議員団室に。空き缶の持ち去り禁止のことでこの間、色々と取り組みを進めてきた反貧困ネットワーク京都の関根隆晃君と夜回りの会のH氏が来室。3年前の市会で喧々諤々、条例を制定した。
 この春トラブルが発生している。過日もぼくが同席して、関根君や弁護士さんらが、市職員の対応についての要望など申し入れる懇談の場を持ったが、その後、「資源物の持ち去り行為への対応に関する手引き」を当局がまとめたので、担当者から説明を受けて懇談。職員が持ち去り行為を目撃した場合、市民からの通報があった場合、また行為者がホームレスの場合は、福祉施策のビラを手渡すことも含めて、現場における対応について手引きが作成された。行為者とのトラブルを防ぎ、職員の安全確保も含めての対策が明記された、この手引きを今後は各まち美化事務所での職員研修が必要になる。ホームレスの福祉施策の充実ともに、地道な対策をすることで、条例の趣旨を生かせるとぼくは考えている。
 
    <人権擁護委員交流研修会> 

 午後は、京都地方法務局へ。京都府の人権擁護委員会の城南、乙訓、そして京都の南部3協議会交流研修会。冒頭、法務局の課長さんが基調講演。
 ひとは「人権」と聞けば「かたい、厳しい、苦しい、権威的、怖い」、すなわち「かきくけこ」と言われるが、「明るい、生き生きと、うれしい、笑顔で、おもしろく」、すなわち「あいうえお」といわれる啓発行動になるように、ということが印象に残った。おっしゃる通りです!
 その後、こどもの人権、啓発活動、擁護委員活動の在り方の3分科会に分かれて意見交換。ぼくは啓発活動についての第2分科会に参加。駅前などでの啓発行動はどこも同じようなものだが、自治体行政と連携がうまくいっているところと、ちょっとイマイチのところ、また地域に根差した取り組みがあるところと希薄なところなど温度差はあるなあ。ぼくは街頭で政党ビラを撒くときの苦労と違ってみなさん取っていただけるから楽ですよ、とか、フェイスブックに載せたことなども披露。インターネットの活用なども話題になった。ともあれ「21世紀は人権の世紀」と呼ばれるが、課題は多いね。
 
 4時過ぎ、京都府庁に久しぶりに行き、とある御願いごとで、知事室にお邪魔する。入室したら、職員のみなさんが全員起立して迎えていただき、びっくり!来客のときはいつも起立されるとのこと。ちょっと恥ずかしいね。

 阪神・巨人、阪神3連敗。もう終わった!


●8月28日 (水)

   <滋賀県は朽木に>

 朝、事務所で色々と電話連絡した後、一路国道367号線を、大原、途中、花折トンネルを抜けて、さらに北上、安曇川を北に走り、梅ノ木から稲が色づいてきた市場を過ぎて、山道を朽木は能家の集落の手前にある友人宅に着いたのは正午前。
 娘が世話になったペスタロッチ保育園の元園長の糸井國男さんを囲みながら、当時の保護者会「ぶどうの会」のメンバーが5人そろい、涼しい山里の一室で麻雀で遊ぶ。15年ぶりぐらいかな?眼も悪くなって相手の牌も見にくい。歳やなあ。
 まあ糸井園長も元気でよかった。みんな根気もないし1時間ほど遊んで、囲炉裏のある部屋でわが同級生の某君が打ってくれた蕎麦と庭で取れたトマトなどを堪能。美味かった! それに涼しくて幸せな気分で昼寝。束の間の夏休み気分。3時半には、みんなと別れて、山道を百里ケ岳の登山口を通り、生杉に抜ける。

   <生杉にて>

 針畑川の一番北にあるこの生杉には高校時代山岳部で来たところ。友人の今北哲也さんが、この生杉で定住したのは、もう40年近く前かな?「杣(そま)の会」を立ち上げて炭焼きや野菜作りをしてきた。ぼくが生杉に来たのは、15年ぶりぐらいかな。風景は変わっていなかった。
 約束もしていなかったので、彼とは会えなかったのは残念。近くには山水人とかいう昔でいうとヒッピー村のようなものがあったが、時間もなく立ち寄らず。さらに高校時代を思い出して京大演習林の方に行こうと山道を行くと、なんと二頭の鹿と遭遇!車を止めてアイフォンを手に取って写真を撮ろうとしたが、驚いて谷を降りて行った。これまた残念。生杉をUターンして一路、帰宅の途についたのは4時半頃か。久多のオートキャンプ場前から梅ノ木に出て367号線を来た道を通って6時前に無事に事務所の戻る。

    <議員インターン生と同窓会>

 しばし休憩して、チャリンコで京都駅前に。忙中閑あり、女子会に乱入?!議員インターンで学生さんを受け入れていたのは、もう10数年前。京都市会で受け入れたのはぼくが最初でした。4,5年に渡って全部で20人ほどの学生諸君が来たかな。みんなどうしてるかな?第一期生の薮木さんは、京都市職員、今は芸大で頑張ってる。エステシャンになった常盤さんは3期生かな。当時20歳前後の彼女たちも今やアラサー。そして福山事務所の益井さんも呼んでインターン生の同窓会。ぼくは彼女たちの親の世代、親父気分で娘たちと楽しく過ごした次第。それぞれがんばりや!


●8月27日(火)

 ぼくの日課は、「あまちゃん」を見て新聞読んで、家から事務所まで徒歩3分。事務所でメールやフェイスブックや資料など見て、ひとときが過ぎる。

     <この秋、岡崎でイベント満載>

 資料で興味深く読んだのは「岡崎手帳」。わが地元、平安神宮、動物園、美術館、みやこめっせ、疏水記念館、国際交流会館などのある岡崎地域は、京都会館の再整備を含めて、活性化のために色々なイベントが催されている。この秋も色々と企画されているが、「京都岡崎魅力づくり推進協議会」が発行元。9月7・8日のレッドカーペットとグルメフェスタから始まって、マンガアニメフェアや10月25・26日には今年で3回目になる美術館のプロジェクション・マッピングなどあかりとアートのプロムナードもあり、そして時代祭は、10月22日。この手帳を持っていくと割安になる特典付のサービスをする飲食店などの紹介もあるよ。http://www.kyoto-okazaki.jp/に、ぜひアクセスしてみてください。

 それからこの夏、ちょこちょこ進めてきた資料整理もようやく目途がついた。この間、年二回の割合で発行してきた「市民派議員レポート」を合本にする準備の作業や、古紙回収業者に出す雑誌などの整理もようやく終わり。
 夜は、京都大学正門前のレストランで京都生涯学習研究所の冨士谷あつ子さんらと懇談。9月末に予定されている「ルネッサンス岡崎」の集いや環境文化都市宣言のことなど色々とお聞きする。


●8月26日(月) 

 地蔵盆も終わり、朝夕涼しくなってきた。
 午前中、今週の土曜日に迫ってきた「吉田東通の夜店」の案内を持って実行委員長のタコとケンタローのケンタロー君と周辺のお家や町内会長さんらに挨拶回り。
 
      <京都迎賓館を参観>

 午後は、京都迎賓館に。毎年行われている一般参観に先立ちリハーサル参観ということで市会議員に案内が来ていたので申し込んでいた。勝手知ったる御所なのでチャリンコで行ったら御所内には止められませんと言われて、びっくり。京都迎賓館の建設を巡っては環境を守れと反対派もいて議論があったが2005年にオープン。中に入るのは開館セレモニーの時以来やね。

 今では、風景にマッチしたかな。外国からの賓客をもてなすということで、建設されたが、京都を代表する職人さんらの技が生かされた建物。入場するときは空港並みに金属探知機を通り建物内に。ボランティのみなさんが参観者に丁寧な説明をされていた。わが友人のひとりも頑張ってました。「夕映えの間」には日本画家箱崎睦昌氏の下絵にした、比叡山を月を照らす「比叡月映」と愛宕山に夕陽が沈む「愛宕夕照」の織物の壁画は圧倒された。正面玄関や庭園で写真が撮影できなかったのは残念でした。どのくらいの頻度で国賓が来て使用されているのか、知らないが、無用の長物にはなってないやろなあ、とふと思う。蝉しぐれが夏の終わりを告げてました。
夕方、サボっていた歯の歯石を取ってもらうために浄土寺の吉田デンタルクリニックに。久しぶりの快感だあ!

 夜は、これまた久しぶりに銀閣寺近くの「おかえり」にて、わが応援団のメンバーが、綾部に引っ越しをするということで送別会。参議院選挙のこと、民主党のこと、ぼくの選挙のことなども含めてワイワイ。


●8月25日(日)

 毎月第4日曜日は、朝粥の会を開催しているが、今日は夏休みでなし。家でゆっくりした日曜日。NHKの将棋番組を見るのは定番。たまにパソコンで将棋を画面相手にしているが、ぼくはヘボ将棋が好き。高橋道雄九段と若い中村太地六段の対戦。中村六段、ええとこまで行ったが地力の差やな。高橋九段の勝利。

 それから「新婚さん、いらっしゃい!」を見るのも好きやね。梓みちよ、片平なぎさの時代から見ていたが、それにしても文枝を襲名した三枝さん、元気やね。もう40年ぐらい続いている長寿番組。まあオモロイ夫婦がいやはりますね。

     <城陽市長選挙のこと>

 午後3時には、宝ヶ池のプリンスホテルに。昨日の民主党京都府連の常任幹事会でも議論された城陽市長選の候補者の推薦を巡って、選対委員長の福山参議院議員を交えての議論。6区総支部幹事長の松岡府会議員らから経過報告と奥田候補への推薦決定をしてほしいという提案。多少の議論はあったが、奥田自民党府議を推薦することに決定。これで、9月8日が投票日の城陽市長選挙は、現職の市長と自公民推薦の奥田、共産党の候補者と市会議員の候補者の4人で争われることになるという。ややこしい構図だが、さて市民の判断はどうなるのか、見ものだ。

     <隠塚議員、副議長就任パーティ>

 午後 午後6時からは、同じプリンスホテルで京都市会第88代副議長に就任した隠塚議員の副議長就任を祝う会。同じ選挙区なので彼のパーティにはいつもは出席しないが、副議長就任ということで参加。
 京都市立芸術大学の音楽学部の演奏でスタート。会場には、民主・都みらい議員団の同僚や府会、国会議員に、市の局長級や連合京都の役員、前原後援会の役員さん、各種団体の来賓らも参加、多くの隠塚議員の後援会や彼の友人らが500人ほどのお祝いの会。
 発起人を代表して、京都在住のラオス人民民主共和国名誉領事の大野嘉宏さんが、出会いから始まってラオスとの交渉が進んでいる京都市の動物園へ象の寄贈の経過の話。前原議員は、秘書時代の話と彼が左京で取り組んできた成果など披露。来賓の門川市長も象の話など。山田知事も来賓として挨拶され、正副議長としてコンビを組む橋村議長もエールを送る。
 そして、隠塚副議長は、過去の経歴とともに、阪神大震災のときのことから議員に立候補しようとしたこと、初挑戦で落選したが、そのときのおくさんの励ましもあり、もういちど挑戦して当選した苦労話や、また印象に残ったのは、災害ボランティアセンターに尽力したことなど披露して、今後も安全安心のまちづくりに寄与したいと、彼らしい実直な挨拶でした。3期目の49歳、民主党府連の幹事長代理としてもがんばっている。まさに油の乗り切っている年齢。もうひとまわり大きくなってほしいね。
 ところで、ぼくが副議長を経験したのは、2006年5月から。第81代だった。京都市会では、副議長になったら選挙は落ちる、というジンクスがあるのだが、有頂天になって07年の選挙では、惜敗。奇跡の繰り上げ当選をしていまがあるが、二の舞にならんように気をつけや!


選挙総括と友人を見舞いに東京へ 

●8月24日(土)

 小雨模様の朝、事務所でパソコンを起動。お、ネットが繋がってる!落雷かなにかで不通になっていたのか、ともあれほっとした。

 9時前に、吉田神社の階段の北側にある今宮社に。今日は例祭。古くから木瓜大明神と称され、わが吉田の産土神さん。江戸時代、1800年代初期の文化13年に造営された社だそうだ。氏子講社長ら役員さんらと小雨降る中、玉串奉天。今年の神幸祭は、10月13日。ぼくは剣鉾を差す予定。

     <民主党府連常任幹事会 城陽市長選挙と参議院選挙総括>

 10時には民主党京都府連に。参議院選挙後、幹事総会が7月末に開催されたが、常任幹事会は初めて。全国幹事長会議などの報告が淡々とされる。10月6日に行われる長岡京市の市議会選挙には。現職の大伴、堤議員が公認、進藤、綿谷議員は推薦。高見君は出ないようだ。ぼくは自治体議員ネットワークの代表世話人として11月に予定している近畿ブロック自治体議員研修会の提案など簡単にする。来年の2月には府連の定期大会を開催することも決定。

 そしていささか議論があったのは。この9月1日告示、8日投票の城陽市長選挙。4年前の選挙では、現府会議員の酒井常雄さんが、市長選挙に立候補したが惜敗した。この間、6区総支部長の山井議員や八島城陽市議らが現職の橋本市長の対抗馬を模索してきたが、色々な経過の中で、自民党の府会議員の奥田敏晴氏が出馬を表明し、自民党籍を離れて民主党への推薦依頼があり、6区総支部として議論がされた結果、政策協定も締結済みとのこと。
 自民、公明、民主の枠組みで奥田氏を応援するという。色々な意見が出たが、やむにやまれぬ事情があるようだ。常任委員会としては概ね了解する意見が多かったが、ぼくも委員の選挙対策委員会で改めて議論をして最終決定することに。

 それから参議院選挙の選挙総括案が示された。「民主党は完全なる敗北」したとして、衆議院選挙以来、取り組んできた改革や党運営、国会での民主党への信頼が回復されるには足りていない現実が露呈したと言わざるを得ない、と冒頭に書かれていて、以降、北神候補を擁立して闘った選挙戦の経過や結果が書かれて、総括として、現実認識の甘さ、危機意識の欠如があり、多党化の中で埋没してしまったこと、など大いなる反省が必要。「再び、京都から」民主党は再生なるのか、今後の活動をどうするのか、真剣に考えていかないかんよ。

 今後、衆議院選挙で落選した各総支部長の活動はもとより、長岡京市議選をはじめ各選挙、そして再来年四月の統一自治体選挙をどう戦うのか、これからが正念場!ドン底から立ち上がらないと。重苦しい常任幹事会でした。ぼくも原点に戻って、頑張らなくちゃ!

     <中川六平君を見舞いに>

 散会後、京都駅に直行。わが友、ロッペイこと中川六平君の見舞いで新幹線で東上。中央線に乗り換えて武蔵境についたのは4時前。病院の待合室には、彼の職場のメンバーも見舞いに来ていた。
 食道がんであることがこの8月の初旬にわかり、月曜日から放射線治療を受けるという。随分痩せていたが、ぼくが思っていたより、顔色も良いし、元気そうだった。治療の関係で入れ歯を外していたので違和感があったが、相変わらず口は達者で、鶴見俊輔先生の本作りのことなど喋る。奥さんと会うのは久しぶりだった。
 
 ぼくが六平と出会ったのは1970年の春、同志社ベ平連の溜まり場で出会ったと書かれている。その後、彼は岩国で反戦喫茶「ほびっと」の初代マスターとして活躍、その時代の話を「ほびっと・戦争をとめた喫茶店」と題した本を講談社から出版したのは、2009年。その本には「マサホさん」として、ぼくのことも山ほど出てくる。ぼくらの20代前半の青春時代。わが友、ロッペイ。また飲もうよ!心より快復を祈る!
 
 六平の弟のカッペイ君こと基君も松本から見舞いに来ていたので、吉祥寺の駅近くで再会。彼は、ぼくが大丸の配達のバイトをしていた頃、出会っている。その後、彼は信州松本で児童書を中心とした「たつのこ書店」を運営。今も頑張っている。
 彼に会うのは、わが友、フォークシンガー豊田勇造の還暦コンサートが円山音楽堂であったとき、松本から来ていて出会っているので4年ぶりかな。ちょうど児童書の出版社で編集者だった人も一緒にキリンシティでビールを飲みながら3人で歓談。彼女は現役時代、京都にも来ていて、今江祥智さんや「こどもの友社」の今は亡き宅間英夫さんの思い出話などする。出会えてよかったです。もっとゆっくりしたかったが、9時前の新幹線で日帰り。家についたのは12時前。


●8月23日(金)

 朝9時半、毎週金曜日は近くの「近衛ひろば」で公園体操。猛暑なので参加者は20人ほど。大きな桜の木の下の日陰でリーダーの中川さんの指導で体操。女性陣が多い。最後は、いつものように「今日の日はさようなら」を手話で唄って、輪になって手をつなぐ。気持ちのいい汗を流しました。
 
 10時過ぎ久しぶりに市役所に。産業観光局の観光MICE推進室に出向き、31日の「吉田東通の夜市」に行灯を借りるために手続き。一基、200円ですよ!みなさんも地域の行事に活用できますよ!
 また保健福祉局の担当者と某保育園のことなどその後の経過などを聞く。議員団室にはたくさんの資料が山積み。それぞれに目を通す。

 事務所に戻り、来客対応。とある屋外広告物のことで懇談。問題解決が出来そうでよかった。
 またこの春、国際交流会館で開催した「福祉まつり」をこの秋に開催するということで京彩都の石井も来所。これで第3回目か。各福祉施設で作られたハートフル商品などの販売とお茶席やオカリナの演奏などを企画。また手伝いをしよう。ご協力のほど、よろしく。

 夕方、雷雨。近衛中学校のPTAのみなさんとパトロールに行く予定だったが、雨のため中止。

      <吉田東通り夜市、開催に向けて>

 近くの丸二食堂で「吉田東通の夜市」の実行委員会に。タコのケンタローの小田君や美容室「bizou」のスタッフなど10人ほどが集まって打ち合わせ。今年で3回目を迎える「吉田東通り夜市」は、8月31日(土)午後4時から9時。東山通近衛東入ルファミリーマート周辺から吉田東通を南に300mほどの間、わが事務所のある道が吉田東通り。
 近くのタコ焼き屋「タコとケンタロー」がオープンしたのは4年前?店主のケンタロー君の発案で「吉田東通り夜市」が1昨年から始まりました。ぼくは相談役です。ちんどん屋さんのパレード、音楽ライブ、大道芸、盆踊りなどのイベントとちびっこ広場。タコ焼き、から揚げ、生ビール、焼き鳥、小物販売など60店ほどが出店します。
 夏の終わり、また一段と楽しい夜になりそうです。いっらっしゃい!

 そのあと、事務所に戻ってパソコンに向かうとネットが繋がらない。メールもフェイスブックもわがひとくち日記も見られへん!お、潰れたんかな、と冷や汗がタラタラ。ひょっとして落雷かなにかでイカレタのかな。アタフタしてもしゃあない。帰って寝よ。


●8月22日(木)

 朝、事務所でまずはメールチェック。今までは市役所から諸々の資料はファックスで送られてきたが、この間、メールで送られてくるようになった。くらし環境委員会の視察で3日事務所を留守にしていたので、まずはメールのチェック。

 環境政策局からは、過日の委員会で報告のあった案件、まち美化事務所の職員がマンションにごみを不法投棄した事件、笑い話みたいなアホな事件。その職員は、在宅起訴されて簡易裁判所から罰金30万円の略式命令を受けたことが確認できたという報告資料。処分については次の委員会で報告されるのだろうが、また陳謝から始まるのかな。

 また市会事務局からは、市会改革推進委員会として有識者に意見をいただこうということでお願いしていた龍谷大学政策学部の土山希美枝さんから「京都市会の議員定数・報酬に関する意見」が添付されていた。議会の機能、議員の役割、代表制の機能などからの定数の在り方、また議員報酬についても会津若松市議会の例なども挙げながら、生活給としての歳費の在り方など20ページに及ぶ意見書。次回の委員会には、ご本人にも来ていただき意見交換がされる予定。それまでにじっくり読み込んでおこうと思う。

 事務所への来客は、市役所のある部長が来所。とあることで報告と対応について相談に。

       <ルネッサンス岡崎をめざして>

 また京都生涯教育研究所の冨士谷あつ子さんも来所。この9月29日に「みやこめっせ」で文化庁の「知となごみのまち京都・東山における文化遺産活用事業講座」として、「ルネッサンス岡崎をめざして」という講演会を企画されていて、いささかぼくも関わりがあるので、ぼくから見た、この間の京都会館の再整備や岡崎活性化プロジェクトについて経過や課題について冨士谷さんと懇談。パワーあふれる人ですよ。
 元歴史資料館館長の井上満郎さんの講演や寄田真美乃さんの尺八演奏、そしてこれからの岡崎について動物園園長らが、岡崎の活性化についてトークする企画。
 この秋も岡崎は、9月7・8日のレッドカーペットを皮切りに、マンガアニメフェア、岡崎ときあかり、学生祭典など多彩な行事が目白押し。岡崎に来てや!

 ニュースはヤンキースのイチロー、日米通算4千本安打の快挙。「スゴイ!」なあ!


くらし環境委員会他都市調査、札幌、旭川、秋田に 

●8月21日(水)

     <くらし環境委員会 他都市調査3日目 秋田県立美術館を視察>

 「くらし環境委員会」の他都市調査3日目の朝は秋田。秋田へ来たのは議員団の視察以来、3年ぶりか。
 駅近くの千秋公園の前の濠には睡蓮が満開!その正面のところに元日赤病院の跡地に「新県立美術館」が竣工したのは昨年6月。
 館内で秋田教育庁の課長から新美術館設立の経緯や基本方針などの説明を受ける。旧県立美術館も新しい美術館も平野政吉という資産家とフランスで生涯のほとんどを過ごした藤田嗣治画伯の出会いに始まるという。平野は藤田のいわばパトロンで、藤田は、1937年1937(昭和12)年に大壁画「秋田の行事」を描く。縦3.65m、横20.5mの巨大な絵。この壁画は県民の誇りであり、「美の国秋田」のシンボルとして新美術館に展示し、また県民参加型で秋田の文化力を発信しようとしている。
 20年に基本計画策定委員会が報告書を取りまとめ、安藤忠雄建築研究所が設計。22年12月に起工式が行われるが、東日本大震災の影響で3か月工事もストップ、昨年7月に暫定オープン。この9月28日には本オープンする。
 三角形をモチーフにした3階建ての建物。2階のラウンジから見る千秋公園を望む「水庭」には、夏の雲と青空が映り、見事な風景を見せている。この光景をぼんやり眺めるだけでもええなあ。
 また2階は大壁画「秋田の行事」を展示するところ。大きな大きな額が作られている最中。長さ20メートルの大壁画が飾られたら迫力はあるだろうと思う。また吹き抜けで螺旋階段があるエントランスもさすが安藤忠雄さんだと思ったが、館内を歩くとエレベーターはありバリアフリーは確保されているものの通路も狭く足の悪い人にちょっとしんどそうなところも。
 館内では一周年を記念して高名な写真家篠山紀信展「写真力」が開催中。「きんさんぎんさん」の笑顔から始まり、鬼籍に入った勝新やひばり、渥美清、三島由紀夫など、それから有名人の、吉永小百合やAKBに王貞治に宮沢りえなどの写真に歌舞伎役者、ぼくがびっくりしたのは、国技館の土俵に貴乃花と曙の横綱が立ち館内にすべての関取や幕下や行司、呼び出し、親方が並んだ大相撲の写真が一番興味深かった。エントランスには小野ヨーコとジョンレノンの写真。
 また安藤忠雄さんの設計した世界の美術館のパースなども展示された部屋もあり、市民参加ということでいえば、エントランスの吹き抜けに、小学生たちが共同で制作したながーく垂れ下がった作品も。子どもたちにも参加して盛り上げようということ。
 ともあれ、藤田嗣治画伯の「秋田の行事」をメインにしたこの美術館、これから秋田県民にどのように評価されるのだろうか。
 
 館内を出たらちょっと時間があったので睡蓮を見に行くと秋田名物ババヘラアイスを発見!要は、おばさんが、ヘラでアイスクリームをコーンにバラの花状に盛ったもの。美味しかったよ!夏の秋田の風物詩らしい。

 昼、秋田駅から空港バスで秋田空港に。午後1時過ぎのこれまたボンバルディアの50人乗りの小さな機に乗って伊丹へ。大揺れすることもなく無事に着陸。蒸し暑さにはもうまいった!

 夜は、とあるメンバーに、美人のイタリア人の英語の通訳をしてほしいと呼び出されて行くも、結局イタリア人は現れず。残念会ということで居酒屋でワイワイして帰宅。ひと雨降ったが、ほんま、京都の夏は暑いなあ!


●8月20日(火)

      <ペンギンが空を飛ぶ!旭山動物園を視察>

 朝、快晴の旭川。北海道の朝は涼しい!蒸し暑くなく汗も出ない。
 9時には駅前のホテルから小型バスで30分ほど、旭川の幹線道路は電線が地中化されていて気持ちがいい。小高い山裾に日本最北の旭山動物園があった。市の人口は、35万人。
 会議室にてまずは広報の担当者から、動物園の沿革や入場者の推移、運営の仕方、また園長や飼育員の思いを熱く語っていただいた。
 この旭山動物園は、1967年に開園、年間入園者は40万人から60万人ぐらい。90年代は、「市のお荷物」と呼ばれた時代もあったというが、パスポートの発行や動物とふれあえる施設の設置など市民サポーターなども発足。こども牧場、ととりの森から2000年になって「空を飛ぶ!」ペンギン館やほっきょくぐま館、アザラシ館、空中散歩で有名になった、おらんうーたん館など次々にオープン。テレビドラマにもなり、西田敏行さんが主演した「旭山動物園―ペンギンが空を飛ぶ!」は、ぼくも見たが、年間入場者は2007年に300万人を突破!

 ブームは去ったとはいえ、現在でも170万人の入場者があるという。入場料など歳入は13億円、歳出は12億円で黒字経営とのこと。ちなみに京都市動物園の入場者数は70万人。年間の運営費として2億円を支出しています。
 広報の担当者の説明で、動物のあるがままの姿を伝えること、すなわち「動物の通訳」になること、という言葉が印象に残る。飼育係りのスタッフも若く園内を歩くと、手書きの説明板など色々な工夫がされているのがよくわかる。そして園内に入ると、山の斜面を利用しているので見晴らしもいい。夏休中でもあるので、続々と家族連れが入園。
 行動展示という方法で、動物も観客も退屈しない展示だという。群れを成すオオカミが自然の森を歩く姿は、今まで見たことがない光景。トラにしても熊にしても林の中を悠然と目の前を通り過ぎていく。また「ペンギンが空を飛ぶ!」姿は、ほんまに飛んでるやないか、と思う。「もぐもぐタイム」とかであざらし館やほっきょくぐま館は長蛇の列で中へ入れなかったが、チンパンジーの家族が赤ん坊を抱きながら目の前で団欒?している姿は、ほほえましいね。それからレッサーパンダは吊橋の上を行き来して可愛いし子供も大人も大喜び。もっともっと時間があればよかった。駆け足であったが園内を見ての感想。まさに「命のぬくもり」「命の尊さ」が伝わってくる動物園でした。

 京都市動物園も開園100周年を過ぎてリニュアルが進行中。色々と動物の飼育も工夫されてきて、これからが楽しみ。頑張らなくっちゃ!
 
 昼、旭川駅からスーパーカムイで札幌経由新千歳空港へ。予定時間より離陸が遅れたが、4時過ぎ、ボンバルディアとか言う70数人乗りの小型機種で秋田空港へ。ちょっとだけ揺れがきついときもあったが、無事に着陸。空港バスで駅前のホテルに投宿したのは6時前。
 夕食は、郷土料理屋で秋田名物「きりたんぽ」「しょっつる」「稲庭うどん」に、お酒は「刈穂」。「穂」がついてて美味かった!


●8月19日(月)

      <くらし環境委員会で他都市調査、札幌へ>

 京都市会「くらし環境委員会」の他都市調査で北海道と秋田市へ。自民4人、共産3人、民主はぼくと委員長の天方議員と宮本議員。公明は3人、みんなの清水議員の議員が13人。市会事務局は2人、文化市民局の森川室長と環境政策局の瀬川部長の大部隊。
 朝6時50分、京都駅八条口集合。7時過ぎの伊丹空港行のバスに乗り、9時前の飛行機で10時40分新千歳空港着。車中も機中も居眠り。北の大地は、涼しい!空港から電車で札幌に。北海道に来たのは5、6年ぶりかな。昼飯は海鮮丼。

      <札幌市のごみ減量とごみ収集は>  

 午後1時過ぎ札幌市役所に。札幌市は人口190万人。京都より人口が多い!
 ごみ減量の取り組みとごみ収集業務の課題についてそれぞれ説明を受けて質疑。
 札幌は清掃工場の老朽化と埋立地のひっ迫に対応するために、ごみと焼却ごみ、及び埋め立て処分量の減量とリサイクル率(資源化)の向上を目指して「スリムシティさっぽろ計画」を策定。平成21年には「新ごみルール」として、家庭ごみを有料化(2円/㍑)、大型ごみも有料化戸別収集を、資源物として、びん・缶・ペットボトル、容器包装プラスティック、雑紙は透明袋に入れて出すのだが、無料だそうだ。そして春から12月にかけては「枝・葉・草」は4週間に一回の収集でこれも無料とのこと。
 この結果、廃棄ごみは30%の削減、資源物のリサイクルは15%向上したという。そしてこれらの努力により、清掃工場を一か所廃止して約470億円の節約をしたという。家庭ごみの収集の民間への委託は直営が3、委託が7の割合だという。要介護者などへは、玄関先においておくと収集するという「さわやか収集」を実施。感心したのは1年間のごみ収集カレンダーが作成されて各家庭に配布されていること。

 京都との違いは、市内4万2000か所に保管箱などを設置する「ごみステーション方式」を採用していて、戸別収集ではないこと。このゴミステーション方式は、不適正排出や周辺のごみの散乱、共同住宅でのルール違反などもあり、24年には「家庭ごみ収集方法などに関するあり方検討委員会も開催されて喧々諤々議論されている。戸別収集にすると委託費が約3倍の90億円になるとも報告されている。カラス対策にも色々と工夫されているが、どこの都市もゴミ収集には課題があるね。さて、狭い街路が多い京都では、ゴミ収集の現状の方法でいいのか、いちど議論するか。

 なお、空き缶持ち去り禁止のことについてぼくは質問したが、札幌では、21年に「アルミ缶等抜取り禁止条例」が制定されて、市長は違反者に対して収集運搬禁止命令を出して、禁止命令に違反した者は、20万円以下の罰金に処せられるという。京都は、罰金も課してないが、条例制定時、ホームレス対策など議論になったのかな、
 それから焼却灰溶融炉のことを某議員が聞いたが、白石清掃工場で稼働していた溶融炉は現在使用されていないという返事。京都の溶融炉は、竣工する前に契約解約だ!これから住友重工とどんな協議が進められるのか、委員会でも多みな議論になる。担当者による説明が終わった後、瀬川部長からは、過日、ごみを不法投棄して逮捕された京都市のまち美化職員のその後のことで報告もあり。担当部長もたいへんだあ。

 視察が終わり、民主党の札幌の大島議員に挨拶して、札幌から特急スーパーカムイに乗って旭川に。「カムイ」と聞くと、白土三平の「カムイ伝」を思い出したよ。約1時間20分で旭川駅。2年前に改築された駅は、木材が使われた立派な高架駅で驚きました。駅前も再開発中ですね。
 ホテルに投宿してから夕食。旭川名物「鮭ちゃんちゃん焼」とか、かぼちゃの団子を汁物にした「ペロンタン汁」など郷土料理を食す。
 日頃は他会派の議員と親しく喋ることはほとんどないが、呉越同舟、各議員の個性が発揮されて面白い。ラーメンも食べたかったが、減量中であきらめました。涼しい北海道の夜、つかの間の避暑地にいる気分の夜でした。


お盆、大文字の送り火  

●8月18日(日)

    <地蔵盆>

 今日18日は、わが事務所(生まれ育ったところ)の吉田中大路町西部とわが家のある吉田下大路町東部の地蔵盆が同時開催。朝8時に事務所に行ったら若い人たちがすでにテントを張ってくれてました。また近衛広場横の稲田さん宅から「野守地蔵」さんが冷房の効いたわが事務所内に鎮座。10時前には準備が整って、近所の子どもたちが集い、輪投げなどゲームに熱中。
 また同地時刻には、歩いて3分、我が家の前の路地にテントが張られて、吉田下大路町東部の地蔵盆も始まり、お色直しした「子持ち地蔵」の前で当番組のお母さんたちがビーズで一緒に子どもたちを遊んだり。一時期は、年寄りが多かったが、新築の家が建って若い家族が住みはじめて子どもたちも多くなって活気が出てきてよかった!

 去年は大雨が終わりがけに降り出して大慌てしたが、今年は今年は雨も降らず、テントなどの片づけも無事に終わり、缶ビールでお疲れさん。
 お世話されるみなさん、ご苦労様。子どもたちの成長を願う京都特有の行事「地蔵盆」は、日頃はあまり言葉を交わさないご近所の人と交流できるまたいい機会。これぞ京都の地域力です。京都の夏の風物詩。もう夏もそろそろ終わりですよ。



●8月17日(土)

    <閑話休題>

 朝刊には、楽天・田中投手が開幕17連勝、昨年来21連勝で新記録達成の記事。「神様・仏様・稲尾様」と言われた鉄腕・稲尾選手が活躍していたのは、ぼくが小学校3、4年かな。
 マー君もスゴイね。ふとあのハンカチ王子斎藤祐樹選手はどうしているのだろと思ったり。

 閑話休題。その1。朝のテレビ小説「あまちゃん」は、よく見る。アイドル目指すアキちゃんの成長ぶりも面白いが、元アイドル、薬師丸ひろ子と小泉今日子の絡みなんか特に面白いし、この前は「ハトヤマユキオ」の名前を突如出て、「じぇじぇじぇ」とびっくり仰天したが、実は歌手の橋幸夫だった。宮藤官九郎さんの脚本がテンポ良くて、脇役も面白いし飽きない。で、これから3・11の東日本本震災に遭遇することになるのだろうが、さてどうなるのやら。

 その2.夜、テレビで新日本プロレスの過去の試合を見る機会がある。今やまた参議院議員のセンセーに返り咲いたアントニオ猪木が、ムチャ元気な頃、ストロング小林との試合も最近見た。また往年の名スラー、ルー・テーズとカールゴッチが組んで、猪木・坂口とのタッグ戦もゴツゴツした試合だった。最近のプロレスは派手だが、殺気がないがないなあ。ぼくは力道山の時代からプロレスの味方です。
 
 明日は、わが事務所のある吉田中大路町西部と我が家のある下大路町東部の地蔵盆。
 まずは、家の前の下大路町東部の地蔵盆の準備でテント張りを手伝い、事務所から椅子を持っていく。
 それから今度は、近衛広場の横の稲田さん宅にある「野守地蔵」さんの前で、中大路西部の町内のみなさんと一緒に安寿さんに来ていただいてお参り。明日は、同時に開催されるのでどのように動くか、考えんといけないな。
 
 夜、7時前には国道367号を北上。八瀬の夏まつりに。小学校の新校舎の建設も順調に進んでいる様子。グランドには、やぐらが建てられ盆踊り。各種団体のメンバーによる焼きそばなどの模擬店。前原議員や高城左京区長らも参加。自治連の会長さんらに挨拶してノンアルコールビールで焼き鳥やフランクフルトを食して八瀬の知人らと小水力発電のことなども懇談。前原議員もこまめに地域をよくまわってるなあ。彼の原点やね。ぼくもボチボチ回って市政への要望などを聞くことにしよう、と思った。

 夜、家で焼酎飲みながら世界陸上の男子マラソン。公務員ランナー川内選手は、先頭集団から脱落。されどアフリカ勢の中で中本健太郎選手が大奮闘。5位入賞。ニューヒーロー誕生。見ごたえがありました。


●8月16日(金)

     <大文字の送り火>

 今日は大文字の送り火。今年も炎天下、午後2時に銀閣寺は八神社に集合してボーイスカウトなどボランティアのみなさんと熱中症を心配しながら喘ぎ喘ぎ登りました。
 砂防ダムのところから急坂を行くと心臓がパクパク。これはキツイ!ちょっと休んでは、ボチボチ歩いて千人塚でもまた一服。最後の150段の階段を何とか登り切っておよそ50分もかかってようやく火床に着く。
 すでに70数箇所の火床には、水や護摩木や薪束をリレー式で運ぶ作業が始まっていた。いつものように前原議員や隠塚議員や自民党の桜井議員も参加。ぼくも遅ればせながら、ボーイスカウトや東山高校生、わが吉田剣鉾保存会で剣鉾の練習をしている京都造形大学の女子学生らと一緒に列に入って作業を噴き出る汗を流して手伝う。

 例年なら作業が終了すると下山するのだが、今年はわが同級生の保存会の井上雅茂君の厚意で、午後8時に点火される送り火を見守ることにした。
 何十年ぶりかだ。午後5時前には、続々と保存会の家族が登ってこられて、蝉しぐれを聞きながら、各火床に薪と護摩木を積む作業。ポイントは枯れた松葉。
 6時頃には、雨がパラパラと降り心配したが、お湿り程度でちょっと涼しくなり、愛宕山に沈む夕日も美しい。各消防団の団員もジェットシューターを背負って結集、共産党のとがし君も来てたよ。


 日が暮れて7時半には弘法大師堂で読経があり、午後8時前には、京都タワーなど街の照明も消され、読経が終わり、ローソクから松明に灯が移されて、一斉に点火の声。
 
 真ん中の火床は、特に大きくその火の勢いは凄い!大師堂が今にも燃えんばかり。灼熱の暑さです。真夏の夜、京都の街にはフラッシュが光り、多くの市民と観光客がこの送り火に歓声をあげているのだろう。
 10分ほど暑さに耐えていると、右前方の松ヶ崎の山には「妙」「法」が、そして遥か向こうの暗闇の山裾に「舟形」、そして京都の街の向こうに「左大文字」が、そして最後に正面に「鳥居」の火が幽かに見える。
 勢いのあった目の前の火床もようやく収まり、保存会のご家族は、無病息災の祈念に燃えた薪を取り出してひと段落。

 ご精霊を送るこの行事は、40数軒の保存会のご家族、消防団、そしてボランティアの皆さんらがあってこそ続いている。ほんまにご苦労様です。大文字の送り火が終わればもうすぐ京都は秋ですな。
 帰途、某放送局のカメラクルーのライトの明かりを頼りに10時前、無事に下山。ビールが最高!これでぼくも無病息災でこの1年行けるやろ!


●8月15日(木)

 今日は終戦記念日。過去を反省して不戦を誓う日。安倍政権の右傾化を憂う。

 朝、神楽坂を上がったところにある「公安院」に。神楽坂の吉田神葬墓地には大正時代からの先代の祖先の墓があるのだが、それ以前の鈴木家の墓はもっと前の先祖の墓が朽ちかけながらある。
 30数年前に亡くなった祖母は、「お前は14代目だ」とよく言っていたが、藤原時代の墓だという説もある。ようわからんなあ。「公安院」のご住職も代替わり。いちど調べておいてもらおう。

 そして毎月15日は百万遍知恩寺での「手づくり市」。わが友人たちが初めて27年。猛暑にも関わらず大勢の人で賑わっていた。京都の新しい観光資源になったよ!手づくりの夏用のハンチング帽を購入。

 午後、トルコはイスタンブールから帰国した従兄弟の吉本一郎氏と3、4年ぶりに再会。中国は上海に長くいて、今年の春、フェイスブックでイスタンブールに居を構えたことを知り、京都市とイスタンブール市がパートナーシティの盟約を結び、門川市長が6月にイスタンブールに行くことを連絡したところ。
 その時は会えなかったが、ぜひ帰京した際、市長に会って今後の文化交流など事業を手伝いたいということで、公務多忙な中、ちょうど世界陸上のマラソンで銅メダルに輝いた福士加代子さんのスポーツ最高栄誉賞の授与式の後、市長応接室で懇談。
 イスタンブールの政治状況やオリンピック招致のことも話題になったが、日本の京都に来たいというイスタンブールの若者たちを招くことや京都の文化を発信することなど、話が盛り上がりました。
 機会があれば、「飛んでイスタンブール」に行きたいね。一週間ほど家族や友人と会いまたトルコに戻るという。お元気でね。
 
 夕方は、日が暮れてロシア料理の「キエフ」のビアガーデンにて某組合の役員と暑気払い。屋上は少し涼しい風が吹いていたが、下に降りたら猛烈な湿気。真夏日はいつまで続くことやら。


●8月14日(水)

 今日も気分は盆休み。されど事務所の資料の整理や高橋ビジュウさんに来てもらってネット環境の整備など。
 暑くて外をウロウロする気にもなれず、読書タイム。

      <田中正之著『生まれ変わる動物園 その新しい役割と楽しみ方』>

 京都市動物園の「ひかり・みず・みどりの熱帯動物館」がオープンしたときだったか、この4月に京都大野生動物研究センターの准教授を辞して、京都市動物園の「生き物・学び・研究センター長」に転身された田中正之さんからいただいた『生まれ変わる動物園 その新しい役割と楽しみ方』(化学同人・刊)を読む。

 田中さんは、京大霊長類研究所時代、2008年に京大と京都市が締結した「野生動物保全に関する教育及び研究の連携協定」に基づいて京都市動物園で常駐して研究されることになった。
 マンドリルとテナガザル、さらにチンパンジーにタッチモニターを導入して「お勉強」する姿が、面白おかしく書かれていて読んでいて笑う場面も。「何匹」とか「オス」「メス」と言わずに、「男性」「女性」とか「彼」とか「彼女」とか、また「何人」と言うのだね。何しろ霊長類「ヒト科」、「私たちの進化の隣人代表」というわけ。
 
 ゴリラやゾウやキリンが夜は何をしているのか、どんな寝方をするのか、バクやヤブイヌの出産、キリンの体重を図るとかゴリラが道具を使うとか、赤ちゃんゴリラ「元気」のこととか、愛情にあふれた飼育員の姿も生き生きと描かれている。
 そして、動物園には「種の保存」「教育・環境教育」「調査研究」「レクレーション」の役割があり、また京都市動物園は現在リニュアルが進行中だが、今後の方向性なども夢を語られている。

 ぼくは飼育係の友人たちもいるけれど、みなさんの今後の活躍に期待したいですね。そして動物園の飼育員を目指す若者にとどまらず、市民のみなさん必読の書ですよ。


●8月13日(火)
 
 朝10時前、空き家安全対策で相談を受けていたご近所のお宅に。昨日相談していた都市計画局の建築安全推進課の担当職員が現地を見に来てくれていた。素早い対応に感謝。
 
 10時半には議員団室に。神楽岡墓地とわが家の墓がある吉田神葬墓地を管理している大元講社の役員と司法書士さんと一緒に、今後の墓地の管理について保健福祉局の担当者と協議。
 もう4、5年ほど前からの案件で、元々は10数人の名義で共同墓地として届けが出ているのだが、宗教法人化したのでこの際、適正な管理ができるように測量調査なども進めてきた。

 昭和23年に施行された「墓地、埋葬等に関する法律」に従って各墓地は運営されているのだが、戦前は警察が許認可をしていて、それから京都府に移って、今では京都市の業務になっているという。色々と歴史はあるのですな。
 今後の宿題や問題整理も今後必要で、今しばらく時間がかかりそうだが、なにしろぼくもいつかは入る墓地だし、また大元講社の役員でもあるので、きっちりしたいと思っている。
 
 午後、気分は盆休み。家で久しぶりにゴロゴロしながら、テレビで映画三昧。
 「007 スカイフォール」や「ステルス」を見る。奇想天外な活劇などを見るのもいいよ。日曜日に見た水谷豊主演でNHKの朝ドラ「あまちゃん」の橋本愛も好演、「HOME愛しの座敷わらし」もいい映画だったな。


●8月12日(月)

     <市会改革推進委員会ー駒林良則教授の意見>

 お盆前の市会改革推進委員会。「京都市会における議員定数及び議員報酬に関する意見書」を過日提出していただいた立命館大学の駒林良則教授に委員会に来ていただいて、行政学者としての立場から、その論点について説明いただき意見交換。
 議員定数については各議会で自由に設定できるようになったことを前提に、他の政令指定都市と比較しても現在の69人は多すぎることはない。委員会数と11行政区数を加味して、仮に削減するとしても61人を下回らないことが望まれる。
 また議員報酬については、議員20人にアンケート調査をして。その公務時間を市長と比較すると議員は0.77で、一方、市長の給料月額と議員報酬を比較すると0.78で近似しており、妥当な水準であること、まとめとして、定数も報酬も、市民の理解が必要であるから、議会の活性化と一層の透明化が求められると結ばれた。

 委員会や本会議、議員会など議会での活動と議員として調査活動や地域などで市政懇談などその他の多様な活動にも理解をしていただいていて、ぼくもほぼ異論はない。ぼくはアンケート調査に回答する際、わが「ひとくち日記」を読み返して書いたが、我ながら議会活動はもちろんのこと、地域活動や市民相談などよう日々動いていると思ったのだ。
 次回の委員会では、二人の有識者からの意見を聴取して意見交換することに。午後は、議会基本条例骨子案について検討部会で論議され整理されてきた「市会の位置づけと役割」、また「議員の位置づけと役割」について文言などについて議論。条例制定に向けて一歩一歩の積み重ねです。

 散会後、議員団室で、とある保育所のことで担当者と懇談。また過日ご近所の住民から相談を受けていた倒壊のおそれのある危険な空き家対策について懇談。偶然にもこの8月末まで「京都市空き家の活用、適正管理等に関する条例(仮称)」の制定に向けて骨子案が示されて、市民意見(パブリックコメント)が募集中。
 全国の自治体でもこの間、空き家対策が取り組まれ始めたが、京都では78万戸も住宅があるが、14%の11万戸が空き家という。条例制定することによって、空き家の把握から所有者に対する指導や勧告、命令及び氏名の公表、過料の徴収そして行政代執行の対象にもしようという趣旨。個別案件については、建築安全推進課が対応しているので、担当者に見に行ってもらうように要望。早速、日程調整も。

 その後、とあるグランドの砂塵でアレルギーで困っているという市民相談を受けていたので、現地を見に行く。今年度予算で改修工事費がついているので、なんとか緩和できないか担当者と相談してみたい。またこの間体調を崩して生活困難に陥っている40年来の知り合いから相談にのったり、とかでバタバタ。


ちょっと夏バテ気味  

●8月11日(日)

    <墓参り>
  
 暑いね。朝9時前、我が家から徒歩3分、神楽坂を上がったところの吉田神葬墓地にカミさんと墓参りに。京都の街を見渡せるところ。祖父の時代に立てられた鈴木家の墓とそれ以前の先祖の朽ちかけている4基の墓石がある。(それ以前の墓は近くの公安院にある)。それぞれの墓を掃除してサカキを置き、線香をあげる。日和さんのお墓にも線香と煙草を供える。
 墓参りするようになったのはこの数年かな。いずれこの墓地にぼくも入ることになるのだなあ。なお、ぼくも役員をしている大元講社が管理、運営をしているのだが、色々と解決しなければならない課題もある。来週にでも保健福祉局の担当者に会って相談しよう。

     <上京総合庁舎の起工式>

 シャワーをして、さあ上京区総合庁舎の起工式に出かけようとしていたら某氏から電話。もう始まりますよ。11時からだと思い込んでいた。急いで会場のブライトンホテルに走る。市長の式辞は済んでいたが、豊田区長が経過報告をしているところ。かろうじて間に合いました。
 地元各種団体の代表者と上京区選出の府市会議員とくらし環境委員が出席。乾杯は、京都市産業技術研究所や佐々木酒造が共同研究で開発されたという麹糖化技術を用いた天然糖化飲料「白い銀名水」。もちろんノンアルコール飲料で、甘酒かヤクルトみたいな味。なにやらオモロイものでした。また会場には、福祉施設で作られたハートフル商品の販売や上京区のゆるきゃら「かみぎゅう」君もいましたよ。現在は元西陣小学校跡で仮庁舎で業務が行われているが、完成は来年の秋かな。元のところに総合庁舎ができます。
 
     <「今よりマシな日本社会をどう作れるか-経済学者の視野から」>

 午後は、ちょっと昼寝して読書の時間。経済学者の塩沢由典さんが編集グループSUREから出版した「今よりマシな日本社会をどう作れるか-経済学者の視野から」からを読む。塩沢さんは、京都ベ平連で出会った人。我が家の近くに下宿していて、反戦脱走米兵援助などで一緒だった。その後、経済学者として大阪市立大学経済学部教授などを経て現在は中央大学教授。
 作家の黒川創や中尾ハジメさんらが聞き役となってアベノミクスを種にして、経済学の諸学派の考え方、インフレのこと、景気低迷のこと、社会保障のこと、世界の経済動向、賃金問題、道州制、教育、またがれき処理、TPP、ベンチャービジネスのことなど、まさに「今よりマシな社会をどう作れるか」と経済学の素人が読んでも実にわかりやすく、現在日本社会が抱えている諸問題を解明する。
 「ひとことでいうならそれは能力の範囲で真面目に働きたいと思っている人が、まともな生涯を送れる社会を実現するような、まともな経済を目指すのか。それとも実体経済を離れてお金が動き回るような経済を目指すのか、今そのことが問わていると思われる」とあとがきに書かれている。この本をテキストにいちど勉強会が出来たらいいなあ、と思っている。
塩沢さん、ありがとうございました。
 

●8月10日(土)

 この間の猛暑で夏バテか、鬼の攪乱か、立ち上がれず。昼、そうめんを食べて、夕方まで爆睡。午後には、某労組の定期大会があったが、欠席してごめんなさいね。
 
 夕方、どうにか起き上がって、修学院近くの焼肉店で民主党2区総支部の議員会。前原総支部長を囲んで美味しい焼き肉食べてビール飲んで暑気払い。奉行は前原議員、手慣れた手つきであぶってくれました。元気出してがんばろう!ということ。前原議員は明朝のテレビ番組に出演するということで最終の新幹線で東京へ。タフですなあ。ぼくも焼き肉食べてちょっと快復しました。
 

●8月9日(金)

 今日はナガサキに原爆が投下された日。過日、議員団の視察で長崎を視察した際、平和公園に出向き平和祈念像や爆心地のレリーフをみてきたところ。あれから68年。あらためて反核・反戦を誓う日。

 そして今日は金曜日、朝9時半から近くの近衛広場での「公園体操」に久しぶりに参加。リーダーの中川さんを中心に、夏は陽射しが強いので参加者も20人ぐらい。桜の木が生い茂った陰でみなさんとともに気持ちのいい汗を流す。
 
 事務所への来客は、新たな観光ツアーを企画している友人。吉田神社とゼスト御池に出向き、その企画の説明をして場所の提供をお願いに同行する。

     <関西学生フットサルチャンピオンカップ>

 昼は、京都府立体育館での関西学生フットサルチャンピオンカップの開会式に。実行委員長の大橋昭さんとは長い付き合い。男子16チーム、女子7チームが参加。ハーフタイムショーとして産業大学の「京炎・そでふれ!咲産華」の元気な踊りや映画「おりん」にも出演したという女優の水木桜子さん。可愛かったよ!田中けんじ府会議員とぼくが来賓挨拶。同志社の卒業生として同志社チームがんばれとエールを送る。ボランティアで京都府マッサージ師会のメンバーが選手にマッサージを実施。ぼくもしてもらいラッキー。ちょっと楽になった。
 
 夕方の来客は、某保育園のこと。色々な相談を受けます。
 
      <京都の景観と屋外広告物>
 
 夜は、京都府広告美術協同組合の懇談会に。ぼくと田淵府会議員が顧問。思い起こせば、6年前か、新景観条例で屋外広告物の規制が厳しくなるというとき出会って以来、色々と議論してきた。四条や河原町通りのケバイ広告物が取り除かれて街がきれいになったと思いませんか?
 とりわけ今年度は、市内全域の屋外広告物の総点検と是正指導をするということで、多くの嘱託職員を雇用してローラー作戦を敢行中。京都のまちに似合う品格のある優良な広告物の創造が求められている。児玉理事長らと懇談。また都市計画局の担当部署のメンバーも参加していたので、散会後、居酒屋で政策実現に向けての苦労話や熱い思いを聞く。がんばってや!


●8月8日(木)

 午後議員団室に。まずは、環境政策局の担当者から空き缶持ち去り時の職員対応マニュアル作りの進行状況について懇談。過日、ちょっとした事案があり、委員会でも質疑をしたことがあるが、それから見直しが始まっている。あらためて、後日また関係者とともに懇談の場を作りと思っている。

     <高野パチンコ店出店問題の現状>

 また左京選出の有志の議員が集まって、高野のパチンコ店出店問題を巡って、都市計画局の担当者から最近の動向について懇談。中高層条例に基づいて、住民と事業者との間で「調整」がされているとのこと。今後は「調停」に持ち込まれるとの予想。
 カナート洛北東側のホテルアバンシェル(旧ホリデーイン)にパチンコ店出店計画の看板が出たのは昨年の夏。あれから1年、市会で請願の採択もして、市長にも要望書を出したりしてきたが、業者は強引に事業を進めようとしている。今やホテルは解体されて跡形もない。反対運動を進めている住民は建築確認取消を求める審査請求の準備中。
 
     <議員団会議 地震緊急通報>

 4時半頃から久しぶりの議員会。海外視察から中野、安井両議員も無事に帰京。今後の日程や市会改革推進委員会での議論の報告に参議院選挙と中京補欠選挙の感想など。いずれにせよ意気消沈。いずれ1年半先の市会議員選挙に向けて議員団として、意思統一を図らないといけないよ。

 ところで5時前か、議員団室にいるメンバーの携帯が鳴り響く。緊急地震速報や、と誰かが叫んだ。ぼくのは鳴らんようになっているのかなあ。ちょっと構えたが、揺れはこない。即、テレビで速報を見るが震源地は奈良のようだとのこと、しばらくして落ち着きを取り戻して会議は続行されたが、誤報だったという。人騒がせな音や。
 会議終了後は、ビアホールで議員団暑気払い。


焼却灰溶融炉工事契約解除! 

●8月7日(水)

     <電話人権相談日>

 朝、9時半荒神橋を渡って京都地方法務局に。今日は電話人権相談の担当日。人権擁護委員は、人権侵害などの相談や適切な処置を講じたり、人権啓発の普及にも努めるということで、市町村長が推薦し、議会の議決を得て、法務大臣から委嘱をされていて、責任も重い。
 昨年来、市会の会期中ではないときなど、この1年で数回、電話相談の担当を経験している。電話の前に座り各種の人権関係の書類など目を通しながら電話を待つが、午前中は一本もかかってこない。

 昼休みは、荒神口を下がったところの居酒屋「よしなが」にて定食。鯖の煮つけ定食で腹いっぱい。
 それから朝方、末松よしみつさんのフェイスブックを見ていたら、鴨沂高校の講堂で軽音楽部の「昼コン」に出演するとか、書いてあったので近くなので見に行く。引っ越し準備が進んでいるなあ。3階の講堂では女子のバンドが「夏まつり」を熱唱中。末松さんの出番を待つことができなかったが、出会えてよかった。これが鴨沂の現校舎でのラストイベントかな。ジュリーこと沢田研二もこの講堂で唄っていた。もう45、6年ほど前の話。
 
 午後も地方法務局の人権相談で電話の前で時間をうつらうつらしながら過ごすが、結局、相談電話は一本もなし。なんとなくほっとする。もし、日常生活において、これは人権問題ではないだろうかと感じたりされたらお電話ください。

     <民主党府議団 議会報告会>

 夜は、山科アスニ―での民主党京都府議団主催の第5回議会報告会。民主党府議団の市内選出の議員はもちろん、福知山、八幡、城陽、長岡京、木津、京田辺の選出議員らほとんどが出席。遠いところたいへんやね、と思いながら報告を聞く。
 府の予算・決算、6月議会で話題になった公務員給与の削減、亀岡に建設予定のサッカースタジアム、宇治茶の世界遺産登録、土砂災害対策、そして山科区の犯罪情勢と対策などについて説明があり質疑。
 二重行政と言われることもあり、また府市協調として連携を図られている課題もあるが、京都市内において京都府が権限をもっている行政分野は、警察、一級河川、高校、労働行政など少ない。
 参加者は50人ほどで、質疑で興味を引いたのは、山科でも指定箇所がある土砂災害警戒区域のことでのやり取りや山科警察署の治安状況や交通事故発生状況のことなど。ともあれ府会議員も色々と頑張ってることは確認できました。お疲れさん。


●8月6日(火)

 ヒロシマに原爆が投下されて68年。朝、テレビ中継を見ながら黙祷。当時、学徒動員で広島にいた親父は被爆している。被爆者手帳を持っている。マダラ症候群だが94歳になる今も元気。
 ぼくは被爆2世。「早死にする」と思っていたが64歳になって、頭髪は薄くなったが、お蔭さんでいまだ元気。
 
     <くらし環境委員会 焼却灰溶融炉工事 契約解除!> 

 今日は第2週の火曜日なので「くらし環境委員会」。理事者席に座っている職員は今日も暑いのに背広姿。

 まずは、先日新聞記事にもなった焼却灰溶融炉整備工事の契約解除について、溶融炉整備計画の始まりからの経過と住友重機工業との契約内容や着工以降の工事遅延の経過、そして試運転開始以後のダイオキシンの検出や耐火レンガの亀裂、ダストの不備など様々なトラブルが発生、総点検や性能評価会議なども開催されてきた。その結果、住友重工が約束していたこの8月31日までに引き渡しが不可能であることが明らかになったので、8月5日付で契約を解除した、という報告。
 
 ぼくがくらし環境委員長の時に住友重工の責任者を参考人として招致して意見聴取をしたこともあった案件。22年5月から工期遅延一日につき200万円の延滞損害金が支払われてきてすでに22億円が収入済額になっている。プラント整備工事費114億円など総事業費174億円がパア!
 「京都市に一切の負担をかけないように真摯に対処」するとした約束の履行を住友重工に強く求めることになる、という報告。要は、解体もして更地にしてもらい、支払った金額も返してもらうということだ。各委員から、色々と意見が述べられる。ぼくも埋め立て処分地の延命の必要性から建設には賛成してきた立場から経過を振り返りながら総論的な質疑をする。
 今後、天下の住友重工がどう対処するのか、同時に、東部山間埋立地の延命策をどうするのか、見守りたい。

 それからもう一つの報告案件は、まち美化職員がとあるマンションごみ集積所に電化製品や紙類などを不法投棄して、書類送検されたというアホみたいな案件。開いた口がふさがらん、とはこのことか。
 先日の委員会では、職員のわいせつ物なんとかで陳謝したとこ。またもやみなさん起立して陳謝。委員会での質疑は昼前に終了。

     <大阪へ フェスティバルホールを視察>

 午後は、委員会視察ということで、京阪電車に乗って大阪フェスティバルホールへの視察。築50年経った旧フェスティバルホールが取り壊されてこの春、新たに中之島フェスティバルタワーとして甦った。39階建、高さ200mの高層ビルには朝日新聞社やテナントが入り、8階までが2700席の座席のあるフェスティバルホールになった。

 委員一同、担当者の方に案内されてホールや舞台、楽屋などを見せてもらう。赤い絨毯の正面入り口から長いエスカレータ―で日常から非日常の芸術の世界へ誘われるという。舞台も広い!高所恐怖症の人には無理でしょうが、巣箱のようなバルコニー席では、某委員、ビビってました。さて、京都会館が再整備されるが、さてどんなホールになるのか、お楽しみに。
 視察終了後、同僚議員と別れて京橋で降りて、どて焼きと串カツで喉を潤して帰途に。
 
 夜は、八瀬に。関西広域小水力利用推進協議会の友人と、かつて八瀬にあったという発電所跡とケーブルカーの横にあったいう水路跡を見学してから、八瀬で小水力利用の実現を考えているグループのメンバーと懇談。何回か勉強会が持たれてきているようだが、地元のみなさんの協力が不可欠。ぼくが協力できることもありそうで色々とアドバイス。自転車の車輪を改良、利用して発電するものなど色々とあるようです。いちど実験できたらいいなあ、と思っている。


●8月5日(月)

      <岩倉出張所 今後のこと>

 事務所で雑務をしていると文化市民局の某課長が暑い中、自転車で来所。岩倉の出張所の今後のことで報告に。
「岩倉出張所の存続」を求める請願が採択されたのは、平成22年5月市会のこと。岩倉出張所が開設されたのは昭和53年。その後地下鉄烏丸線が国際会館駅まで延長され人口も増えたが、23年に左京区役所が松ケ崎に移転したので、請願は採択されたものの5年ほどの経過措置をもって左京区岩倉出張所の廃止が検討されてきた。
 で、今後の方向性として、右京区の嵯峨出張所の廃止とともに、岩倉出張所は、証明書発行センターとしての機能を残すとともに、地域住民が会議などで活用できるコミュニティセンター的な建物として残すし、出張所は廃止したいという報告。今後は、地元との協議が行われるだろうが、一定の合意ができるまでは、条例で廃止を拙速にすべきではないと進言しておく。委員会でも質疑をしようと思っている。
 
      <人権啓発活動に参加>

 午後4時からは人権擁護委員として北大路ビブレで啓発活動に参加予定でいたが、我が家近くは大したことはなかったが、京都駅地下街などは浸水したようだが、猛烈なゲリラ豪雨。しばし動けず。それで少し遅れたが、北大路ビブレで買い物客や通行する学生らに「世界がひとつの家族のように」と書かれたポストイットのメモカードを手渡す活動。民主党のビラと違って、みなさん、快く受け取ってもらいました。なおキャラクターマスコットの名前は「じんくん」です。偶然、通り過ぎる知人に久しぶりに会い、相談ごとも。

 それから今枝徳蔵議員の後援会主催の「徳ちゃんと乾杯」のビア・パーティに。今年は三夜連続とのこと。参加していた役所関係者らと色々と御喋り。

 それから二条城前の掘川遊歩道での京の新しい夏の風物詩「京の七夕」を見学。以前は、堀川はコンクリートの川?だったが、水辺に親しむ遊歩道ができてそれを活用した「京の七夕」は今年で4回目かな。芸術系の大学や企業の協賛を得て、多くの観光客が来るようになった。アイデアやね。LEDを利用した「天の川」は見ごたえがある。
 
 府庁前の友人の居酒屋「はなふさ」で一服して帰宅。


「ふるさと森都市フェスティバル」 

●8月4日(日)

    <花背で「ふるさと森都市フェスティバル」>

 朝8時半、車で一路、鞍馬から杉木立の峠道を走る。花背峠は24度。涼しい!峠には「花背峠トンネル化 早期実現」の看板。請願書の準備もされているようだが、峠以北の住民にとっては長年の悲願。別所の集落や花背山の家を過ぎて大布施から八桝の「山村都市交流の森」での「ふるさと森都市フェスティバル」の会場に着いたのは10時前。この地も左京。毎年この時期に開催されていて、ほぼ毎回参加してきた。
 自然の豊かな京都北山にある久多、広河原、花背、百井、別所の各住民自治振興会のみなさんが中心となってのイベント。まちから自家用車や京都市がチャーターした京都バスで来場する人らで開会式。門川市長は、イタリアはトリノへ関西広域連合ワールドマスターズの視察でイタリアはトリノへ行っているので塚本副市長が挨拶。正副議長や経済総務委員会、左京選出の議員に前原議員も来場。
 花背小中学校の児童・生徒による演奏などがあり、各地域の団体の特産の食べ物の店が並ぶ。鹿肉のハンバーガーは美味かった。また米粉を使ったスイーツなどの品評会。チマキなど並んだ品物を食べてお腹一杯。河原では家族連れが水遊び。北山クラフトの知人らとしばし懇談。
 それからぼくは広河原に向かい、広河原に移り住んだ元京都市学校職員労働組合の中原さん宅を訪ね、さらに左京区最北の地の喫茶店「庄兵衛」にてハニーレモンで喉を潤すのがぼくの定番コース。「庄兵衛」は開店してもう37年だとか。シニアライダーが常連客。冬は、時には1メートルの積雪があるところ。先日近くで山火事もあった。高校時代は山岳部で山を歩いた。佐々里峠を行けば美山町で芦生の原生林。
 しばしゆっくりして能見峠を山岳ドライブ。久多の集落に降りると、淡紫色の北山友禅菊が一面に咲いている。これを見るのがぼくの楽しみ。山に囲まれた久多には、真冬にスノーバスターズで来たことも何回かあるが、2メートルの積雪の時もあり、秋には猿の集団と出くわしたことも。左京は広い!
 帰途は、梅ノ木に出て安曇川を国道367号線を花折峠、途中、大原を通って帰宅。久しぶりのドライブを楽しみました。

 夜は北白川の「万朶花」にてタコ焼き屋「親指小指」(東山二条イオン横)の看板娘、ジャズシンガー中尾雅美ちゃんの「真夏の夜のBossa Nova Live」で夏の夜のひと時を過ごしました。櫻井武清さんもギター、矢野克宏さんのベースで雅美ちゃんは、ボサノバ定番の「イパネマの娘」やディズニィーのメドレーなど熱唱。ええかんじになってきたね。ご両親も応援に来てアットホームなコンサート。料理も美味しかったよ!


●8月3日(土)

     <国際会館で「こども夏まつり」アンパンマンショー!」

 昼過ぎ、宝ヶ池の国際会館イベントホールに。大木工務店主催の「こども夏まつり」に。広いイベントホールには縁日のようにわたがしやヨーヨー、スパーボールなど子供たちが喜ぶゲームコーナーや焼きそばに生ビールなど屋台が並び、黄色いTシャツを着た若いスタッフが100人ほどスタンバイ。ゆるきゃら観光アイドル「どすえちゃん」も待機して開場。

 暑い陽射しの中、次から次へと子ども連れの家族が続々と入場。神輿が場内を一周しぼくは子ども神輿の先導役。平安女学院のバールンクラブや同志社の音楽サークル「パス・ムシカ」な学生諸君も応援。江藤ゆう子さんの子どもたちと一緒につくる舞台や「かっぱ座」の着ぐるみショー。
 そしてメインは「それゆけ!アンパンマンショー」。舞台の前に500人ほどの幼児や児童が集まって、「アンパンマンショー」の舞台を見つめる。えらい人気や!
 「アンパンマン」と「バイキンマン」は知っていたが、「おくらちゃん」「クリームパンダ」「ドキンチャン」「ホラーマン」などが登場!多彩なキャラクターがあるんやな。知らなんだ。ストーリーは、最後にみんなで仲良くサツマイモを引き抜いて大団円、そのあとは握手会、長蛇の列。こどもたちは大喜び。いい夏の思い出になったことでしょう!みなさんお疲れさんでした!


●8月2日(金)

     <麻生副総理、ナチス発言に思う> 

 このところマスコミを賑わしているのは、失言癖のある麻生副総理が「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」などと語ったこと。
 日独平和フォーラムで20年ほど前、旧東ドイツの収容所跡を訪ねたことがあるが、ユダヤ人ら多くの人々が犠牲になり、ナチスとそれに加担した当時のドイツ国民の反省が戦後の歴史の始まりだったことを彼は知っているのか。安倍政権は、憲法改正を目指しているが、まさに本音が出たとぼくは思っている。二度とナチズム、いや日本の軍国主義の台頭を許してはならないのだ。最近の日本社会の動向をぼくは憂いている1人。

 夕方、私鉄議員フォーラムの総会とビア・パーティに。参議院選挙の敗北のことにも触れられたが、市民の足を守るために公共交通としてのバスや私鉄の役割は大きい。中京の補欠選挙で敗北した古沢君が横に座ったので、30歳で選挙に初挑戦をして、3度目の正直でようやく当選できたこと、その間、中央市場で働いていたことなどウンチクを傾けて、がんばれとアドバイス。また私鉄労組の親しい役員さんらと懇談。陽が落ちてようやく涼しくなり、ビールも美味かった!夏はビアガーデンがいいなあ。


●8月1日(水)

      <焼却灰溶融炉、工事契約解除に> 

 今日から8月。京都新聞の朝刊に「京都市が工事契約解除へ。トラブル続発、伏見の焼却灰施設」との見出し。昨夜某新聞記者からも問い合わせがあったが、この焼却灰溶融炉施設は、東部山間埋め立て処分地に2005年から住友重工がプラント建設工事にかかっていたが、試運転中にダイオキシン類が検出されたり、ご難続き。2010年には、ぼくが委員長をしていたとき「くらし環境委員会」に住友重工の役員を参考人招致して意見聴取したこともあったし、現地視察したこともあった。
 先の委員会で最新の状況の報告がなされたが、トラブルが相次ぎ稼働のめどが立っていないことで、住友重工との契約を解除する方針を固めたとの記事。契約金額は114億円。
 この施設は、東部山間埋め立て地の稼働を20年程度延長するため整備されてきて、建屋は完成しているが、同社に撤去を求める方針。今年6月中旬から試運転を行ったが、溶融炉内でダストが堆積する不具合が見つかり、試運転を中断。市は原因調査と改善策を点検・評価するため、学識経験者らと「性能評価会議」を設置し、同社が示した改善策を検討してきたが、「有効性を確認できない」と判断した。8月末の期限までに引き渡せない見通しとなり、契約解除を求めることにした。この間、遅滞損害金として一日200万円が支払われてきたが、その合計約22億円がすでに市に支払われているのだ。次の委員会では詳細な報告があるだろうが、紛糾するだろうな。
 
 久しぶりに両親を訪ねて、右京区のケア付き住宅に。行きつけの医院に車で送り、主治医の先生の診察に同席。この春、おやじは転倒して頭部に傷を負い10針ほど縫う手術をしたが、見事に快復。元気なものだ。もっとも「まだら症候群」で車中には同じ会話の繰り返し。お袋は、難聴で、仲良くしているのはいいが、二人の会話は漫才みたい。大腸がん手術をしてもう4年か、貧血気味だというので今後のことを聞きに相談に行ったのだが、数値がもとに戻っていて当分は心配ないでしょうということで、一安心。
 また叔母が、大腸がん手術をしたので、見舞いにも行く。86歳になるという叔母は術後にも関わらず、思いがけず元気。口は達者で痛みもなさそう。凄い回復力と生命力。医療技術は、進んでいるのだなあ。

 その後、事務所に籠って汗を出しながら、年に一度の資料の整理などに没頭。色々と面白い資料が出てきて、時には再読しながら、捨てる作業。2、3日かかりそうや。
 
 夕方、とある知人を宇治の病院に見舞いに行くが今回も面会はできず。病状はどうなのだろうか、心配。





鈴木マサホ事務所
〒606-8313 京都府京都市左京区吉田中大路町17-1 鈴木文化会館2F
tel: 075-761-5537(代) fax: 075-761-5591

Copyright ©2001-2010 Masaho SUZUKI All Rights Reserved