鈴木マサホ事務所本文へジャンプ
       鈴木マサホひとくち日記 
文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中
2006年1月

                 


●1月31日(火)
事務所に来客2組。マンションのこと、またファイナンシャルプランナーとして転職した若い友人。

午後は、議員団室にて、介護保険のことで、とあるNPO法人の方と、今後展開される地域密着型施設についての勉強会。介護保険が導入されて5年、この4月から予防を重点にする制度に変わるが、まだよく分からないことが多いようだ。

夕方は、知事選挙のことで関係者と協議。山田啓二知事も2選目の出馬を表明し、共産党の候補者も決まったが、選挙準備は、これからだ。民主党京都府連も山田知事の4年間の行政手腕を評価し、推薦を決めることになるが、中心になるのは府会議員のみなさん。我々市会議員も応援に走るのは当然だが、本格的に選挙モードに突入するのは、もう少し先になるのだろう。

2年前の市長選挙のときは、民主・都みらい議員団の団長として、選対の中心で、党内や他党との調整で随分神経を使ったが、知事選挙は気楽なもの。北岡ちはる府会議員の指令にもとづいてがんばるで!1月は、例年のように連日連夜の新年会や旗開きで過ぎ去った。


●1月30日(月)
午前10時から臨時市会の本会議。

無防備都市・平和都市条例の制定について委員会付託されていた財政総務委員会の委員長が、委員会での審議の経過を報告。共産党が賛成討論、自民党と公明党の議員が、条例制定に反対の討論。共産党の議員も賛成を表明したが、請求者の団体と関わりがないのでイマイチ熱意が感じられない。自民党の論客、国枝議員は、戦後の日本の安全保障の歴史を遡り反対の討論。ぼくはもちろん異論はあるが、戦後の保守本流の考え方が披露されて、それはそれで味のある演説やったと思う。わが民主・都みらい議員団は討論には立たず。まあ色々あるよ。で賛成に起立したのは共産党のみ。傍聴席から野次が多少飛んだが、思っていたより静かだった。

この直接請求運動が京都市や市会に波紋を起こしたとすれば、本会議での意見陳述を今後どうするかということ、また、自治体として平和行政や文化財保護にどう取り組むか、また国民保護法や防衛や安全保障問題を国との関係においてどう自治体は対処するのかが、議論されたことかなと、思う。それにしてもこの請求を受けてジュネーブ条約を勉強し京都市の意見をまとめ、委員会で答弁に立った総合企画局の担当者のみなさん、ご苦労さんでしたね。またこの条例制定にぼくは反対をしたが、署名された多くの平和を願う市民のみなさんの思いは、十分に共有しているつもり。

午後は、連合京都議員フォーラムの幹事会。ぼくは副事務局長という立場。連合の政策要望に自治体議員はどう連携をしていくのか、また各行政区において府市会議員と連合の各地域協議会とどう交流するかがこれからの課題。

夕方は「住みよい京都をつくる婦人の会」の新年会。会長の内藤しげさんは、80歳を超えるがかくしゃくとしてその簡潔明瞭な挨拶には驚かされる。桝本市長が来賓で挨拶。ぼくは左京のメンバーらと壇上に立ってクイズと「川の流れのように」を唄う。東山のピンクレディの出し物は最高!

その後、事務所での定例サロンに。手芸ボランティアサークル「レース*ブルーメ」を主宰するわが鴨沂高校同級生の井原・中條姉妹が新春にふさわしく「ちりめん色紙」の製作指導。参加者は少なかったが、作品づくりに熱中。不器用なぼくは冷やかすだけ。

下の写真は参加者の作品ー同じ素材を使っても、完成品は、人それぞれ。


●1月29日(日)
昼前、とある友人の娘さんたちが子どもをと一緒に来所。相談ごと。

昼過ぎ、北白川の京都造形芸術大学の春秋座に。この大学施設の劇場は、歌舞伎が演じられる素晴らしいホール。恒例の左京区民文化フェスティバルの記念すべき第10回。ノートルダム女学院の吹奏楽部の演奏に始まって、琴や詩吟、フラダンスやハワイアンの演奏に社交ダンス、さらに可愛い子どもたちのバトントワラーなど左京区民の出演による多彩な催し。京都造形芸術大学の学生もスタッフでがんばった。

夕方は、ウエスティン都ホテルでわが民主党代表の前原誠司衆議院議員の後援会の新年会。代表になったことで、会場の入り口では空港にある金属探知機が設置。物々しい雰囲気だが会場の中は和やか。なんと参加者は1260人。会場は地元の左京区や山科区に東山区の熱烈な支持者を中心に超満員。椅子席でテーブルがぎっしり詰まり、熱気でムンムンの会場は壮観だ。冒頭に前原代表が、自ら選挙の当選のお礼から代表選挙の経過、そして代表としての決意を語る。外交問題やまた内政問題における自民党のとの違いを語り、民主党のリーダーとして党内をまとめるという決意を述べる。

彼が府会議員選挙に28歳で当選した後、ぼくは日本新党で衆議院選挙に当選したときから選挙の応援をしているが、今や時の人になって、その挨拶にも風格が出てきた。刻々と日々成長する政治家、前原誠司の姿に感動する。立場は人を成長させるということを実感。食事もほどほどにぼくは左京区のメンバーのテーブルを中心に挨拶回り。アチコチでビールを注がれてフラフラ。アトラクションとして歌も元気でよかった。


●1月28日(土)
午後、京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会のパンフレットの原稿を印刷屋さんに入稿。

夕方は、右京区は太秦にある京都バス労組青年女性部の「政治活動の重要性」というテーマの学習会に呼ばれる。話題は、京都の交通問題について。というのは、京都市交通局の市バスは、この間、管理の受委託制度を導入し、横大路、九条、洛西などの営業所で民間バスの会社の運転手さんが市バスを運転しているが、西賀茂の営業所の車両の半分が2007年から京都バスに委託されることになったので、そのことについて時間を費やし、またバス事業の変わり方や市民の足を守る公共交通の大切さなどを中心に喋る。もちろん、民主党や前原代表誕生のことなども話し、質疑応答。若い組合員さんたちが熱心に聞いてくれたし、またぼくにとってもええ勉強になった。


●1月27日(金)
11時過ぎから議員会。無防備都市・平和都市条例の制定の制定について、議員団として最終的な態度を決めることに。議論は色々とあったけれど、、反対をすることに。

ぼくは、署名に応じた市民の平和への思いを理解しつつも、またこの運動の呼びかけ人に何人かの知人が名前を連ねているのを承知しているが、結局中心になっている事務局スタッフの実像が見えなかったのだ。ファックスや葉書はきたが、広範な市民運動にもなっていなくて、なんとなく旧左翼運動のとある党派、セクトのプロパガンダの自己満足的な運動に思えて仕方がなかった。だから気合を入れて、応援する気になれなかった、というのが反戦市民運動に参加していた経験のあるぼくの感想。財政総務委員会の討論結了は、予定どうり午後2時過ぎにあり、それを受けて月曜日の本会議の日程を決める市会運営委員会が午後3時に過ぎに開催され、1月臨時市会も終わりに近づいた。

夕方は、埋蔵文化財研究所、自治労京都市交響楽団音楽家労組、京都ユースホステル協会、そして古代学研究所のメンバーの組合の新年会。それぞれ京都ならではの仕事をしているメンバーで、その仕事の多様さが面白い。古代学研究所は、解雇通告がされて存続の危機。委員長は同志社大学文学部文化学科文化史の後輩で、話が弾む。がんばってよ!


●1月26日(木)
正午に理事会。財政総務委員会の委員長から委員会に付託されていた無防備都市・平和都市条例の制定についての審議が終わったとの報告を受けて、明日の財政総務委員会の討論結了の委員会を午後2時に。また3時から市会運営委員会を開催することを決める。

午後長岡京市のコラボネットにてグループホームのことなどとある相談ごとで懇談。障害者自立支援法が制定されたが、行政からの説明もまだ十分にされていない様子で各施設は今後の運営など暗中模索の状態。

夕方は、自治労教育支部の旗開き。「連帯と参画」がキーワード。京都の教育改革を支えている若いエネルギーを感じる。がんばってよ。でも遅くまで仕事はせんように。

夜は、わが師匠の哲学者鶴見俊輔先生宅に久しぶりに友人らとお伺いする。「ベトナムに平和を!市民連合」、「ベ平連」の結成の頃や反戦脱走米兵援助の頃のお話を久しぶりにお聞きする。わが青春時代にタイムスリップした。鶴見先生はお元気でかくしゃくとされていて嬉しい。べ平連が結成されたのは1965年のこと。ぼくが鶴見先生に出会ったのは、1968年か。もう40年前のこと。編集グループ「SURE」が出版した手作りの「もうろくの春」の詩集をいただく。


●1月25日
無防備都市・平和都市条例の制定について財政総務委員会が開催されることもあって市役所の2階の廊下は多少ざわついている。財政総務委員会では請求者が陳述をすることになっていたが、ぼくは同時に開催された交通水道委員会に。

交通局から市バスの南2号系統と27号系統の見直しについて報告と委員から質疑。一般質問では、ぼくは地下鉄四条駅のバリアフリーの改善について質疑。阪急に乗り換えるための階段に昇降機の設置がようやく工事が着工になった。1昨年9月市会の代表質問で改善を申し入れて1年越しの懸案事項。上下水道局からは、京北の地域水道の緊急施設整備について報告。一般質問はなし。

財政総務委員会が他の案件もあって終わったのは午後4時過ぎ。議員会を開催。財政総務委員から無防備都市・平和都市条例の制定についての審議状況の報告を受けて、各議員が意見表明。条例制定に理解を示す声もあれば、実効性がないとの意見や防衛や安全保障問題の考え方について侃侃諤諤の議論。

夕方は、総務局、総合企画局、市会事務局、人事委員会、監査事務局、選挙管理委員会の職員さんの組合員の自治労公室支部の旗開き。挨拶、乾杯まで付き合って高野川ライオンズクラブの例会に。3月4日・5日に予定している高野川ライオンズクラブ左京小学生バレーボール大会の打ち合わせ。


●1月24日(火)
二日酔い気味。昼、大阪に。民主党近畿ブロック自治体議員フォーラムの事務局会議。滋賀、奈良、和歌山、兵庫、大阪、和歌山の府県議や府県連の事務局の代表者が集まり、日程と会場を検討。5月中旬に滋賀県で開催することに。

帰途、伏見の大手筋商店街近くにある福祉工房P&Pを訪問。共同作業所として発足したのは4年前か。ぼくも運営委員の一人でNPOの法人格を取得することも出来た。パソコンで印刷の版下を作ったりするのが仕事。10人をこえる利用者が従事している。市民派議員レポートの校正で打ち合わせ。印刷のご用命をよろしく。

夕方は、自治労清掃支部の旗開き。支部長も替わって執行部は若い世代になった。退職者に記念品の贈呈も。環境局長ら理事者も多く参加して、家庭ごみ有料指定袋導入を巡って懇談。昨夜飲み過ぎたので、ビール一杯で退散。


●1月23日(月)
防備都市・平和都市条例の制定について臨時市会の本会議。
市民の直接請求による臨時市会は、国保の値下げ問題以来10年ぶりか?この条例制定の趣旨は、ジュネーブ条約を根拠に京都市が無防備地域を宣言することを求めているが、桝本市長は京都市が国際文化観光都市、平和都市宣言、世界文化自由都市宣言、世界歴史都市会議の宣言、また文化財保護の取り組みなどをしていることを説明し、国との関係においても実効性がなく必要性もないと意見を表明。そして今回署名をした人も含む市民の平和への願いをしっかりと受け止め恒久平和の実現煮向けて努力すると発言。傍聴席には30人ほどの市民が詰め掛けているが、ぼくの知り合いはいないみたい。他都市の議会では、本会議場での意見陳述が行われているが、京都では財政総務委員会で陳述されることに。で、野次が傍聴席から多少飛ぶ。

終了後「無防備地域宣言をめざす市民の会」のメンバーと懇談。署名が4万筆集ったことには敬意を払い署名した市民の心情は理解しつつも、条例の実効性や議会対策の取り組みなど、元活動家としては疑問に思うことも多いことを伝える。

昼は「住みよい京都をつくる婦人の会」の左京の新年会にご挨拶に。食事も途中までで役所に引き返す。

午後、市会改革検討小委員会が開催。正副議長、各会派の理事らが集う。これから1年間かけて、昨年に続いて議会機能の充実、本会議や常任委員会の活性化、市会だよりや市会のホームページの充実など、市会事務局から各項目について説明を受ける。これから検討することに。

午後4時に同志社の今出川キャンパスに。総合政策科学学会の「研究紀要」の編集委員会に先生方に混じって院生会のみなさんと一緒に同窓会「総政会」代表として参加。論文や寄稿文など幅広く募集することに。ぼくも時間が出来たら、わが修士論文の「京都自治体論」のその後を書きたいな。

夕方、わが地元の聖護院御殿荘にて聖護院自治連合会の新年会。左京区長や近衛中、錦林小学校の校長先生や各種団体長さんらが懇親会。消防分団長や体育振興会会長らと3次会まで付き合う。ちょっと飲みすぎたよ。


●1月22日(日)
日曜日だというのに民主党京都府連の会議が昼前から3時過ぎまで。

まずは4月9日が投票日の知事選挙対策準備会。山田啓二知事がすでに出馬を表明し、共産党の女性候補も決定した。4年間の山田府政を検証・評価し推薦を決める方向に。

続いて選挙対策委員会が開催され、来年の統一自治体選挙に向けて第一次公認候補を決める作業。現職の府市会議員や各総支部から新人候補の名前があがってきて検討。2月4日の府連大会では、第一次公認候補が壇上で決意を述べる予定。わが民主・都みらい議員団は現在10人だが、何人の市会の新人候補が登場するか、ご期待ください。さらに常任幹事会も開かれて、府連の大会に向けて活動方針や予算などを確認。なんやかんやで午後3時過ぎまでの長丁場の会議。疲れるよ。

夕方、事務所で相談ごと2件。結局家に帰ったのは午後9時前、ビールも飲まずに久しぶりにわが家で食事。お茶漬けが美味かった!


●1月21日(土)
昼前から民主党2区総支部の幹事会。多忙な中、前原代表も京都に戻っていたので、今国会に向け、食べ物や住宅、乗り物や治安の問題など中心に安全問題について代表質問をすると決意の一端を披露。幹事会では、前原事務所のスタッフとしてこの間がんばってきた豊田貴志君を山科区の府会候補として擁立することを決定。豊田君は同志社大学文学部は英文科出身。山科区の府会でなんとしても一議席を確保したい。ぜひ応援してください。豊田君、がんばれよ!

午後は「左京に息づく文化のつどい」。市原ハモハ踊や上高野念仏供養踊に北白川高盛御供が説明され実演もされる。民俗学者らにとって左京は伝統文化の宝庫だと思う。また地元のみなさんの文化の継承の心意気はたいしたものだと感心。ぼくは第四錦林小学校の伝統文化部で剣鉾の練習をつんでいる児童たちの送迎の役目。吉田の剣鉾が復活して10年か。吉田剣鉾保存会のメンバーが週に一回学校に教えに行って、3年生から6年までの児童が3㍍ほどの長さの棒状の棹の先にある鋒を揺らしながら鈴の音を鳴らして練り歩き拍手喝采。

夕方は、わが応援団の会長や幹事長とこの1年間の行事など日程を考える。来年春の選挙を控えて気合を入れるで。

夜は、ベトナム戦争に反対して米軍を離脱した反戦脱走米兵のことを映画にしようと準備している女性映画監督の山崎博子さんが上洛。ようやくシナリオが出来上がってきたので感想を述べ、またこれからの映画製作の協力について相談。

わが青春の1ページ。ぼくらしき人物が登場するのだよ!空母イントレピッド号から4人の若者が米軍を離脱したのは1967年のこと。69年には京都で一人の脱走米兵が逮捕されるのだが、ぼくは彼と銭湯に行ったり、英語を教えてもらったり、飲んだりしていた。20歳の時のこと。川端署前で3日間にわたって抗議行動をしたことが今でも鮮明に記憶している。わが原点。どんな映画が出来るか、お楽しみに。


●1月20日(金)
10時から市会運営委員会。23日に開会される臨時市会の本会議の日程を決定。また第二次京都市会改革検討委員会を設置することを決める。ぼくは民主・都みらい市会議員団の理事として、この検討委員会の委員だ。今後市会の更なる改革に向けて活発な議論をしたい。

午後は、民主党京都府連において政治スクールの1期目の受講生から寄せられたアンケート結果の集計を材料に、反省と総括と新年の政治スクールの運営方向を議論。アンケートの回答によると受講生のみなさんにはほぼ満足をしていただいたようで、成果はあった。5月には2期目を開講するのでまたご参加ください。

夕方は、自治労上京支部、解放同盟錦林支部に田中支部、さらに京交錦林支部と旗開きを4箇所はしご。疲れたよ。


●1月19日(木)
昨日の左京区小学生バレーボール大会の実行委員会を受けて、パンフレット作りの作業にかかる。

また夕方には、友人の一級建築士の事務所を訪問。この間の耐震強度偽造問題について意見を聞く。また建売住宅の耐震診断やその簡易な改善について説明を受ける。また別の友人からの相談ごとは、融資について。また合間を縫って1月29日に開催される前原誠司後援会の新年会のチケットを参加予定者に配布。

テレビニュースでは連日ライブドアの粉飾決算問題が報道される。プロ野球球団の買収問題から衆議院選挙の刺客としての立候補といい、時代の寵児だったホリエモンが地に落ちた瞬間。ぼくは株の売買をしたことはないが、大損した人もいることだろう。ホリエモンをまつりあげた連中の責任はどうなるのか。

今日は新年会も旗開きもなく、一滴もアルコールを飲まずに済んでほっとした休肝日。


●1月18日(水)
朝、二日酔い気味。されど山中越えから大津市役所に。わずか30分足らず。清水あけみ大津市議会議員を議員団室に尋ね、高齢者のグループホームの建設計画を考えている人を紹介。合併問題や介護保険制度の見直しもあり、施設の運営のしんどさや、また色々な手続きも今後必要でアドバイスをしてもらう。

午後は、高野川ライオンズクラブの事務所にて左京小学生バレーボール大会の準備についてアシスタントと打ち合わせ。プログラム作りやメダルや参加賞の注文に名義後援の申請など準備もたいへんだ。

夕方は、自治労左京支部の旗開き。支部長のスピーチがよかった。乾杯もほどほどに左京小学生バレーボール大会の実行委員会に。組み合わせの抽選会をして参加各小学校の先生やスポーツ少年団の指導者など熱心に大会の運営について議論。今年の大会には400人をこえる児童が参加することになった。


●1月17日(火)
午前中、事務所に手芸サークル「レース*ブルーメ」の井原・中條姉妹が来所。1月30日に予定している定例サロンの打ち合わせ。井原さんは鴨沂高校の同期生で、妹さんと二人で趣味の手芸を生かして、老人福祉施設などで手芸教室をボランティアで実施している元気な姉妹。次回、マサホ定例サロンでは「ちりめん色紙をつくる」ということで製作の指導もしてもらう。今回は材料費に700円必要。ぜひご参加ください。

午後は、議員会。無防備都市・平和条例制定を求めた直接請求が受理され臨時市会が開催されることになり、担当の総合企画局から、その議案の趣旨と京都市の考え方の説明を受けて質疑。また今後の日程や予算市会を控えて、家庭ごみの有料指定袋導入問題など議論をする。

その後、吉田神社の神官と節分祭の時の臨時簡易トイレの設置のことについて所轄の警察や土木事務所に行って協議。夜は、在日の友人らと事務所近くの「炎の火」で新年会。気分がよくてちょっと飲みすぎたかな?


●1月16日(月)
市会運営委員会。無防備都市・平和条例制定を求めた直接請求が受理され、臨時市会が開かれることに。日程を決定。1月23日が本会議。会期末は1月30日。財政総務委員会で質疑がされることになった。

午後は、その直接請求運動をした「無防備地域宣言をめざす京都市民の会」の事務局のメンバーが来室。ビラの呼びかけ人にはぼくの知人も数人名前を連ね、またメールや葉書やファックスで条例制定をと要望が一方的に届くが、挨拶も説明もなく、また議会対策に積極的に取り組まれている様子もなく、事務局の顔が見えないというか、実態が掴めなかった。どうやらこの中心になっているのは、今も労働運動などに取り組んでいるかっての旧(新?)左翼の某党派のようだ。署名運動は活発にされたようだが、市民運動として本気になっているんかいな?元市民運動家としてぼくはちょっと疑問に思うこともあるが、今後の市会の日程などそのメンバーに説明。

その後、事務所に福祉工房P&Pの西村君に来てもらい、年賀状代わり毎年送っている市民派議員レポートの原稿を入稿。夕方は、民主党の関係者と新年会。我ながら肝臓や胃がタフなのだな。今夜も焼酎が美味い。


●1月15日(日)
二日酔いでダウン、岩倉の消防団の出初式をサボる。スミマセン。

昼過ぎ熊野神社前で全国女子駅伝を応援。往路は5位だった京都が復路は颯爽とトップで走り去った。ボーイスカウトなどボランティアのみなさんご苦労さん。京都は優勝だった。おめでとう。

2時からは左京区防災フォーラム。地域における防災活動の取り組みということで、病 院やスポーツジムの事業者やわが地元の吉田自主防災会会長の福井さんらが取り組みを報告。また京大防災研究所の林春男教授が「続発する水害への教訓ー京都市水災マップの試み」と題して特別講演。水害の恐ろしさを知る。特筆すべきは「京都市防災マップ」は、行政区別に作られていて色々と工夫が凝らされている。世界の地図のコンテストで最優秀作品に選ばれたすぐれもの。各家庭にぜひ置いてください。

夕方は、地元の河道屋で聖護院消防分団の出初式、同年代の友人らが勤続20年ということで表彰。ご苦労さんです。また向かいの聖護院御殿荘では、新洞消防分団の出初式。前原誠司事務所長と一緒に乱入。失礼しました。


●1月14日(土)
ひさしぶりの雨。大雪の北国は雪崩が心配だ。

午後事務所にて2月15日発行の「京都市会だより」36号の校正原稿に目を通す。11月市会定例会の報告ということで、一般会計決算の概要や代表質問の項目や審議結果や付帯決議など市会事務局のスタッフが編集してくれたゲラ刷りを理事ということで見る。この号の表紙は大文字山。読んでや!

事務所には幼児を連れた若いママが二組、子育ての苦労や保育所の入所について相談に。わが娘より若い20代のヤンママ。また友人の子息が就職の相談に。わが子供たちもそうだけれど、20代の若い世代の苦闘をどう応援するか、ほんま悩むよ。がんばれよとエールを送る。

夕方は、わが地元の吉田学区民新年集い。自治連や各種団体の役員さんに、四錦小や近衛中の校長先生らが集う。今年から最後に抽選会があって盛り上がった。それから地元左京区は南部のクリーニング組合の新年会に呼ばれていたので会場に走る。職人さんたちの世界を知る機会。二次会もお付き合い。


●1月13日(金)
馬齢を重ねて57歳の誕生日。もはやめでたくもなし。

年初めの交通水道委員会は、地下鉄東西線の天神川工区を現地視察。作業着に着替えヘルメットを被る。現場事務所で説明を受けた後、狭い階段を地下に降りる。シールドマシンで掘られたトンネルの現場は、二条駅から天神川まで貫通していて、駅舎もほぼ出来上がり、土木作業は、ほぼ90㌫近くの進捗状況。出水事故もなくほぼ順調に進んでいるとのこと。開通は2006年度中。がんばれ交通局。天神川駅になるところは右京区役所などの再開発ビルの建設も行われ、大きくまちが変わることだろう。楽しみだ。

昼は、わが議員団のスタッフの青木さんが、ぼくと同じ誕生日なので二人でささやかにバースデーパーティ。親父と娘だ。これからの議員団のことなど色々と喋る。

午後は、左京福祉事務所にて、とある市民の相談ごと解決のためにケースワーカーと懇談。

夕方は、自治労東山支部、北支部の旗開きで挨拶をした後、連合京都の新春旗開き。山田啓二知事や来賓のみなさんの挨拶が終わって、ちょうど乾杯のときに飛び込む。民主党の国会議員や府市会市町村議員が勢揃い。各テーブルにご挨拶。帰宅したらケーキが用意してあった。感謝。


●1月12日(木)
昼前、韓国民団京都府本部の新春年賀交歓会。共生・人権・平和をキーワードにがんばりたいと金有作団長の挨拶。なによりも大きな課題は地方参政権の問題。府市会議員が壇上に上って紹介をしてもらう。ぼくは「セへ ポンマニ パデュセヨ」と挨拶をしたら拍手をいただいた。カムサハムニダ。今年はハングルの勉強をしようと思う。

昼過ぎは、ライオンズクラブの合同例会。女性だけのチェリーライオンズクラブも結成3年目を迎えて華やか。高野川ライオンズクラブのメンバーで例によって記念撮影。

午後は、西京区の大枝にある京都市立芸術大学に。先生方とある問題について協議。夕方は、自治労建設支部と京都交通労組の旗開きをハシゴ。建設支部では建設局と都市計画局の両局長ら理事者もおられて、200人を超える会。また京交は、自動車部や電車部の各支部の役員さんたちが壇上で決意を述べ、この間の地下鉄運賃の改定や市バスの管理の受委託について、真摯に組合として対応してきたことを表明。ぼくも交通水道委員会の委員として、飛び入りで挨拶をさせてもらう。

今日は全日空、オークラ、ロイヤルと三箇所のホテルをハシゴした。疲れるよ。


●1月11日(水)
午前10時から岡崎公園で、恒例の京都市消防出初式。。例によって、消防職員や消防団、自衛消防隊に幼年消防クラブの可愛い幼児たちの行進やカラーガード隊の演技や市民による消火訓練に消防ヘリコプターも飛来しての防災訓練に一斉放水。無事に終了。今年は比較的温かい陽射しがさしてあまり寒さを感じなくてゆっくり見られた。

昼は今年最初の民主・都みらい議員団の議員会。臨時市会のことや知事選挙のこと、また家庭ごみ有料指定袋導入の問題などについて議論。正午に、市役所に全国高校ラグビーで優勝した伏見工が報告にきたのだが、残念ながら議員会のために出席できず残念。優勝、おめでとう!

午後は、民主党京都府連において今年最初の政策調査委員会。諸々の報告の後、福山参議院議員から、地方自治体に関する国政の重要課題ということで、三位一体改革のことやこの間の国会で制定された法律や民主党が次の国会で提案しようとしている法案について講演と質疑。国会議員と自治体議員の連携がこれから益々重要になってくる。今後も連携を強めたい。

夕方は、自治労京都府本部の旗開き。京都府内市町村の自治労加盟のみなさんが集結。京都市交響楽団、埋蔵文化財研究所、ユースホステル協会、児童館の指導員など公共的な仕事に携わる職場の労組もあり、多様。公務員パッシングと指定管理者制度や市場化テストの導入など、公共部門を取り巻く状況がたいへん厳しい状況になっている。ここから自治労運動は、どう展開するのか。課題はあまりにも大きいが、がんばれ。


●1月10日(火)
昼前、福山哲郎参議院議員の事務所を、元インターン生の同志社の法学部の女子学生を伴って訪問。卒業論文に国会議員秘書のあり方について書くということで、福山事務所の素敵なスタッフとランチを一緒にして、国会議員事務所の仕事や秘書の役割をインタービュー。後援会の世話に、国政報告会の準備に、陳情や相談ごとの応対や日程調整、会計事務に、政策資料集めに、党員獲得に、ポスター貼りに、ニュース作りに、発送作業に、選挙の応援に、ほんまにたいへん。マキちゃん、がんばりや。

午後、正月明けの3連休も終わって事務所には、新年のご挨拶に来ていただく人多数。今年もよろしく。

夕方、京都水道労組の旗開き。役員や各分会の組合員さん、そして京都の社民党の代表の方も来られていて挨拶。鍋をいただくのもほどほどに、次の自治労京都市職現業評議会の旗開きに。清掃業務や土木事務所、中央市場や動物園など、現業職でがんばっている京都市職員の会。若いメンバーががんばっている。いつものようにビンゴゲームで盛り上がる。二次会は環境局の某部長らと家庭ごみ有料指定袋導入を巡って議論。韓国焼酎が回ってフラフラ。


●1月9日(月)
朝、左京区は大原へ。八瀬を過ぎると国道367号は路面も凍って、樹木が雪に覆われて比叡山が真っ白。優しさの里、大原も一面真っ白。大原ホームの地域交流スペースで大原各種団体新年交礼会並びに大原消防分団出始め式。

江文神社の宮司さんによる神式のあと分団員さんたちの表彰伝達式。そして廣山会のみなさんによる琴と尺八の演奏。左京区選出の国会、府市会議員が勢揃い。昨年は一条山再開発によるダンプカー通行問題もあったが、寂光院の落慶に大原小学校創立130周年の式典などお祝い事もあった。NPO法人京都大原里づくり協会の活動も活発で大原は活気が出てきた。

午後は、わが地元聖護院のもちつき大会に参加して新年のご挨拶。消防分団や各種団体のメンバーが和気あいあいと。つきたてのお餅は美味い。

それから昨日に続いて事務所近くの「みやこめっせ」での成人式を見学に。式は終了した後だったが、会場の「みやこめっせ」前は、晴れ着姿の新成人たちでムンムン。タバコの吸殻やごみが散乱して、カメラで記念写真。京都は混乱することはなかったが、盛岡市ではあのグレート・サスケ県議が新成人たちとやり合っている姿がテレビで流れていた。教育委員会やボランティアのみなさん、ご苦労さんでした。新成人のみなさん、なにはともあれ、おめでとう。ぼくは20歳のとき、デモばかりしてたな。

夕方は、この間サボっていたメールニュースを送る作業。


●1月8日(日)
のんびりとした日曜日。昼下がり、事務所にて市民相談は、高齢者の介護のこと。60代後半のご夫婦が、90歳の認知症の老婆をどう介護するかの相談。老健施設や特養ホームの入所のことなど色々とお話をお聞きする。

午後、事務所近くの京都会館での京都市少年合唱団の修了演奏会に。わが娘が中学のときお世話になった縁で保護者会を結成のお手伝いをしたのはもう10年ほど前か。小学校4年生から中学3年生の団員は241人。修了式には参加できなかったが、門川大作教育長と隣の席で山田耕作作品集から「赤とんぼ」や「この道」など、児童生徒の澄んだ声の合唱を聞きいった。

京都市少年合唱団が創設されたのは昭和33年のこと。世界的な指揮者の佐渡裕さんも卒団生。来年が創立50周年になるという。現在新入団員を募集中。市内在住の小学校3年生から5年生の児童。受付は1月31日まで。詳細は教育委員会にお尋ねください。また河合隼雄文化庁長官が名誉会長の「育む会」も結成されてぼくも会員だよ。応援のほどよろしく。

夕方、とある若い友人が来所。選挙に立候補したいのだが、という相談。色々と話すが、選挙に出るということはたいへんなことなんだよ。「出たい人より出したい人を」とよく言われるが、人々からそういってもらえるように、ぼくも自戒。


●1月7日(土)
またまた雪。雪が降る中、ボーイスカウト24団のリーダーのお母さんの告別式。ご冥福を。

昼は、京都府生活協同組合連合会の新春交歓会。民主党の国会議員も招かれ、ぼくも公明党、共産党の府市会議員とともに紹介をしてもらう。久しぶりに会う方もおられて、名刺を交換。

午後は、今日から運賃が改定された地下鉄に乗って岩倉の友人が主催のもちつき大会に。 比叡山も真っ白。駅員さんに運賃改定の乗客の様子などを聞くが、大きなトラブルはないとのこと。新たに発行された1000円の「トラフィカ京カード」で1100円分乗れるし、600円の一日乗車券は動物園や二条城の入場料が割り引きになるよ。大いに利用してください。

夕方は、部落解放同盟京都市協議会の荊冠旗開き。この数年色々と問題があったが、少しは傷が癒えてきた様子。来年の京都市会議員選挙に候補者を立てようということで予定候補の平井君が元気に挨拶。

それから「共生・共育」を旗印にした「きょうと教組」の新年会。組合員の教員や奈良や兵庫、広島、滋賀から駆けつけた全国外国人教育研究協議会のメンバーも一緒に和気あいあいと懇談。この「全外教」の今年の全国集会は神奈川で開催されるが、07年には京都で開催してほしいという要請。93年そして98年だった思うが、京都での全国集会にはぼくも裏方で参加して色々と学んだ。在日韓国・朝鮮人やニューカマーの外国人、そして中国からの帰還者の児童生徒らの多文化共生教育をどう進めるのかがテーマ。

夜は一乗寺の喫茶「のん」で、わが同世代の友人フォークシンガー・豊田勇造のライブ。小さな喫茶店だけど満員御礼。久しぶりに「大文字」や「ある朝高野の交差点近くを兎が飛んだ」を聞いて嬉しくなる。勇造と出合ってもう40年かな?


●1月6日(金)
午前10時から理事会。松井副市長から「京都市無防備・平和都市条例」を制定を求める直接請求が受理されたので、有効署名数が3万7千筆ほどあり、地方自治法により臨時市会を召集するとのこと。このような直接請求で臨時市会が開催されるのは、12年ぶりかな?1月23日に本会議が開かれることになった。この請求に署名をした知人から「京都市無防備・平和都市条例を実現しましょう」と葉書が何枚か送られてくるが、請求者の事務局のメンバーなど直接会って説明をしてもらったこともないので趣旨がよ
く分かっていないので、これから勉強させてもらいましょう。

午後は、恒例の歯科医師会の新年の互礼会。自民党の国会・府市会議員がほほ全員が揃って参加。わが民主党は府市会議員が少数だけど参加。4月に選挙を控えている山田知事にエールが送られた。

その後、某先輩が同志社の総合政策科学研究科に社会人入学をしたいということで、提出する動機や研究テーマについて相談を受ける。ぼくが社会人入学をしたのは開講した1995年。阪神大震災とオウム事件があり、3度目の当選を果たしたとき。選挙で勝ったことも嬉しかったが、合格したときの喜びも忘れられない。あれから10年経った。先輩、がんばって勉強してくださいよ。

事務所に来客は、小学校時代の友人。かっては山口県で手広く商売をしていたが、店を閉めて京都に戻ってタクシーの運転手で再出発。元気そうでよかった。


●1月5日(木)
寒い朝、恒例の左京区役所で昆布茶とみかんで恒例の新春賀詞交歓会。

左京区の市政協力委員さんをはじめ各種団体の役員さん、左京区選出の府市会議員に国会議員も一同に揃って、未生流の笹岡家元が今年は、大相撲における陰陽思想と五行思想についてお話をいただき、奇数日には東の力士が、偶数日には西の力士から呼び出されることなど教えていただく。中川廣山師範の虚無僧姿の尺八や琴の演奏や日舞もあって正月らしい光景。

昼過ぎ、寒風吹きすさぶ三条京阪で民主党2区総支部の正月の街頭行動。松井参議院議員も飛び入り、また北岡府議、隠塚市議にぼくと、さらに中野洋一東山支部長が演説。寒い寒い!手はかじかみ、演説するも寒くて口が動かない。民主党2区総支部は前原代表を支えて今年もがんばるで!

その後、議員団室に初出勤。同僚の議員らと一緒に組合や市長、副市長、各局局長らに新年のご挨拶に回る。

そして夕方、旗開きの第一弾は、自治労京都市職の旗びらき。組合運動も改革の時代を向かえ、ラガーマンの橋元委員長のもとに踏ん張って欲しいな。国会議員の福山、松井、北神、泉議員らも駆けつけて、新年の挨拶。

いよいよ旗開きと新年会の幕開け。節分前までほぼ連日連夜アチコチ走り回ることになる。肝臓が持つかな?


●1月4日(水)
今日から仕事始め。事務所にて「ひとくち日記」の書き込みをしていると新年の挨拶に来客多数。上下水道局の管理者に左京消防署長は昨年度の火災件数の報告に。

なんと!昭和56年に達成された18件より1件少ない17件の記録を達成!快挙だ!前年に比べて22件の減少だ。やりましたね。左京区は人口17万人、おそらく全国の大都市で人口比で比較しても格段に少ない件数ではないかと思う。消防署、消防分団、自主防災会のみなさん、ご苦労さんでした。京都市内では、放火が前年度より21件も増えて85件もあって、全火災の31%に及び、残念ながら前年度より3件増えて275件、死者は20人に及ぶ。市民の力で無火災都市を目指そう!

また来客の一人は、来年春の府会議員選挙に立候補する予定で、わが民主党2区総支部で公認を内定した豊田君が挨拶に。豊田君は、この間、前原誠司事務所でスタッフとしてがんばってきた。同志社は文学部英文科出身の青年。色々と選挙に向けてのアドバイスをして激励する。がんばれよ!


●1月3日(火)
午前中、吉田氏子講社の理事会。本宮と神楽岡社と今宮社を巡拝、宮司さんらの挨拶の後、永年理事さんに感謝状の贈呈、そして議事が淡々と進む。平成20年に本宮鎮座1150年ということで奉祝の寄付集めがされることに。役員のみなさんと一献傾けるが、昼の酒はよう回る。ええ気分に酔っぱらう。

夕方、わが民主党代表前原誠司衆議院議員と2区総支部の山口、北岡、隠塚議員に東山支部長の中野洋一君とで新年会。代表就任以来、初めての正月。代表はちょっと眠たそうだったが、意気軒昂。話題は今後の党運営のことや知事選挙に来年の統一自治体選挙のことなど。百万遍の居酒屋で北岡、隠塚議員と二次会。結局帰宅したのは12時前だった。民主党はがんばるんや!ぼくも燃える闘魂で、気合だ!


1月2日(金)
昼前目覚めて大文字山に登るうかな、と思っていたが、天気がイマイチ。去年は天気がよくて雪を見に電車で琵琶湖を一周したが、今年はふと思い立って京阪に乗って大阪は新世界へ。

天王寺からぶらぶら通天閣を目印に大阪のまちをそぞろ歩き。新世界では、もちろん大阪名物どて焼と串かつをあてに一杯。フエスティバルゲートなるジェットコースターのある遊園地?を覗いたら、営業を停止していて、閑散としていて幽霊屋敷。大阪市が出資したのかな。でもここが、かのスペル・デルフインが率いる大阪プロレスの根城だとは、知らんかった。残念ながら試合が終わった後だった。今度また見に行こう。で、運試しにパチンコをしたが、今年もアカンは。されど久しぶりの小旅行気分を味わった。


●1月1日(木)
朝、例年のように午前7時過ぎに吉田神社の歳旦祭に。神殿が改装されて、朱色の柱が鮮やか。雅楽が流れる中、厳粛に祭典が執り行われれる。参集殿にて新年互例会では、地元の長老のみなさんらに新年のご挨拶。また氏子講社長の鈴鹿隆男さんの年頭のご挨拶は、鎮守の森のお話。いつものことながら、含蓄のあるお話で敬服。

そしてわが家で、たくさん頂いた年賀状に目を通して、お屠蘇と白味噌のお雑煮で新年を祝う。夕方は、両親と弟たちの家族ら12人が集い、いつもの元旦のわが家の光景。

ところで、大晦日の夜は、例によって,紅白歌合戦とPRIDEとK1を交互に見たが、戦後60年の大晦日に吉永小百合さんが峠三吉氏と栗原貞子さんの原爆の詩を朗読したことに感動。美川憲一はなんで派手な衣装で登場しなかったのか、また曙とボビー・オロゴンの試合と小川と吉田の試合が同じ時間にするんや!責任者出て来い!


鈴木マサホ事務所
〒606-8313 京都府京都市左京区吉田中大路町17-1 鈴木文化会館2F
tel: 075-761-5537(代) fax: 075-761-5591

Copyright ©2001-2010 Masaho SUZUKI All Rights Reserved