鈴木マサホ事務所本文へジャンプ
       鈴木マサホひとくち日記 
文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中
2006年2月

                 


●2月28日(火)
10時から予算委員会。公営企業予算等特別委員会では、市立病院と京北病院の予算について審議。自治体病院のあり方について各委員が質疑。ぼくは、PFI方式で施設整備が計画をされているが、そのためのアドバイザリー委託のことや患者のプライバシー保護や新型インフルエンザ対策でタミフルの準備状況などについて質疑。

昼には、議員会を開催して諸々の案件について協議。委員会では、結局13人の委員が質疑に立ち、5時前に終了。

議員団室への来客は、古代学協会のメンバーら。解雇通告がなされて組合が結成されて解雇反対の運動が取り組まれているが、今後の対応について相談に。文化市民局に申し入れをすることに。

テレビでは、メール問題を巡るドタバタで永田某の謝罪記者会見の模様がニュースで流れるが、どうもすっきりしない。前原代表の責任問題や野田国対委員長が辞任するとかしないとか、相変わらず迷走状態。永田君よ、丸坊主になって出直せよ。

夜は、事務所にて明日の鴨沂高校の卒業式で同窓会長として祝辞を述べるのでその原稿書き。


●2月27日(月)
今日から普通予算特別委員会が二つの分科会に分かれて、またぼくが所属している公営企業予算等特別委員会が始まる。公営企業予算等特別委員会では、市立病院と京北病院、市バスと地下鉄、上下水道事業の予算を審議するのだが、この日は、それぞれの予算が説明されて、資料要求。午前中に終わる。午後は明日から始まる審議のために資料整理をして、目を通す。

その後、事務所にて「みやこのアジェンダ21」の交通部門で活躍している青年と交通政策について四方山話。彼の提言は予算委員会で大いに参考になる。

夕方は、毎月最終月曜日に開催している「鈴木マサホ・定例サロン」。話題提供は、小生で、京都市の予算や左京区の課題について喋り、主に交通問題について懇談。常連メンバーやホームページを見てきていただいた方など10人ちょっと。珈琲を飲みながら気楽な会。3月は27日(月)の午後7時から。話題提供者は、長谷川吉則さん。
LRTや市バスや地下鉄のネットワークのことなど交通政策について提言をしてくれる。ぜひご参加を。


●2月26日(日)
日曜日にもかかわらず、午前中は民主党京都府連の常任幹事会。メール問題で奈落のそこに落ち迷走する前原執行部の動向の報告や南丹市の市長選挙と市会議員選挙の敗北で意気消沈。沈んだ空気の中で、知事選挙対策など議事が進む。京都で結党以来、初めての壁にぶち当たった感じ。ここで踏ん張らねばならないが、それにしても永田某のために、なんでこんな事態になるんや。「アホか」、という思い。

午後1時から「活力京都の会」と2期目をめざす山田啓二知事との政策協定の調印と記者会見。村田商工会議所会頭、自民、公明、民主、連合京都会長らが挨拶。府会議員らが張り切っているので、ぼくはお客さん気分。

そこそこで退席して、自然食品の店の「菜の花」の店主らが呼びかけ人の「ゆっくり、じっくり、スローライフの展覧会ーレキスポ」の会場に。有機無農薬野菜や料理やライブや木工品のコーナーや鮮魚の販売や盛りだくさん。バザー気分。立命の学生サークルの足裏マッサージのコーナーがあったので、久しぶりゆったりとほぐしてもらってスローライフ気分に浸る。感謝。

夕方は、選挙のときにいつも演説会場として使用させていただく田中神社の宮司さんの通夜祭に参列。


●2月25日(土)
代表質問も終わって、ほっと一息。昼過ぎまで爆睡。午後、同志社大学文学部文化学科文化史の同窓会「史友会」の総会と懇親会。ぼくは一浪した後、いくつかの大学を受験したが、同志社だけ合格して晴れて西洋史専攻ということで大学生になったが、時あたかも大学闘争の時代。デモをしたりキューバや沖縄や岩国に行って授業に出た記憶がほとんどない。同期の悪友は、ほとんど卒業した後、喫茶「駱駝館」でやとわれマスターをしながら授業に出て晴れて卒業したのが1977年。今は亡き大下尚一先生に卒業論文の指導を仰いで、書いた論文が「プエルトリコ史」で、9年目にやっと卒業。卒論を書いた直後に愚息が誕生したのだ。あれから30年だ。当時の先生方や大先輩の知り合いの方々と再会できてよかった。

その後、ボーイスカウト24団の育成会の懇親会。愚息がカブスカウトでお世話になりデンダッドもした。今は娘がサブリーダーとかでお世話になっている。当時からの付き合いの団委員さんらと楽しく過ごす。


●2月24日(金)
朝、テレビでは、トリノオリンピックで荒川静香さんが女子フィギュアスケートで金メダルを獲得とのニュース。この大会で初メダル。一服の清涼剤。でもメール問題を巡って民主党は泥沼。本会議でどう言うか、憂鬱。

午前10時から本会議。昨日に続いて代表質問は、午前中、公明党の久保、津田議員が質問。

午後1時に再開。ぼくは9番目のバッター。先に各会派から質疑をされていたテーマが多くダブっていたが、視点を変えて質問をしようと登壇したら、早速議場から「(メール問題の)お詫びはどうした」と野次が飛ぶ。ほんまにこまったコッチャ。されど気を取り直して、初当選以来の20年間の京都市政や桝本市政の10年間を振り返り、財政問題と行政評価、同和行政、地域力をキーワードに安心・安全のネットワーク形成と学校の安全対策、また福祉施策の変遷と地域福祉、そして家庭ごみ有料指定袋導入問題について答弁を求め、知事選挙を控えて二重行政の解消と府市協調について要望。結局民主党の政策について触れることはカットしたので1分ほど時間が余った。市長、副市長からは、まずまずの答弁。

最後にわが会派から伏見区選出の山岸議員が、地球温暖化対策、体験学習、スチューデントシティ、ファインナンスパーク、ユニバーサルデザイン、子供の視点、そしてこの1月から開始されたコールセンターについて質疑して代表質疑はオシマイ。その後、補正予算について、共産党の議員が討論に立ち賛成多数で承認した後、散会。メールを巡っての民主党のドタバタでなんとなく消化不良で元気のない質問になってしまったな、というのが僕自身の気持ち。

夕方、京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の実行委員会。ぼくが担当していた大会のプログラムも完成してほっとした。


●2月23日(木)
午前10時から市会本会議。自民党の田中セツ子、内海、加藤議員、共産党の妹尾、玉本、樋口議員が次々に壇上に立ち、財政、行政改革、同和行政、環境問題、家庭ごみ指定袋、景観、交通政策、介護保険、障害者福祉、安全・安心など18年度予算について様々な角度から質問に立ち、桝本市長をはじめ松井、毛利、星川の三人の副市長と各局長や教育長らが答弁。テレビ中継をされているし、またぼくも明日質問をするので各議員がどういう問題で質疑をして答弁はどうかと聞いていなければならないので睡魔との闘い。時には野次も飛ぶが、淡々と代表質疑は進み、午後5時前に延会。

その後、ストップウォッチを持って明日質問をする原稿を手にぼくの持ち時間の35分の時間内に収まるかどうかを調整するために声を上げて読む練習。ほぼ時間内に収まったが、問題は、民主党の政策のことを原稿に書いていたが、メール問題で野次が飛びそうだからどうするか、言うべきか、言わないべきか、これが問題だ。

夕方、連合京都洛東地協の総会のあとの懇親会に山口、北岡、穏塚議員らと参加。洛東地協傘下の各組合の役員さんたちと懇談。


●2月22日(水)
10時前左京区役所に。毎年恒例の左京区民作品展のオープニングセレモニー。例によって百万遍保育園の可愛い園児たちによる演奏で始まり、テープカット。区民の手芸品や絵画、写真、書道など作品が展示されている。女性陣が元気。

午後2時から普通予算特別委員会並びに公営企業予算特別委員会が開催。それぞれの委員会で補正予算の賛否について各会派から「慎重に審議した結果、賛成します」ということで態度を明らかにすることを討論結了という。また3時から市会運営委員会。明日の本会議の日程などを決める。

午後3時から国会の予算委員会では、党首討論。議員団のテレビで前原代表がホリエモンが出したとされるメール問題にどう発言をするかと固唾を呑んで見守るが、国政調査権の発動を提案して迫るがメールの真偽が示されずに歯切れが悪い。永田某議員のホリエモンから武部幹事長の次男に3000万円を送金せよというメールの真偽をめぐって、わが民主党の前原代表は大ピンチ。「なんでこうなるの!」。代表の心痛を想う。

夕方は、京都高野川ライオンズクラブの例会。左京小学生バレーボール大会の打 ち合わせ。


●2月21日(火)
午前中は、議員団研修会。「地方財政と行政評価―内外の動向と課題」と題して、わが総合政策科学研究科時代のゼミの指導教授であり、現在は経済学部長の伊多波良雄先生が、パワーポイントを使って政策評価や事務事業評価のことで講義をしていただく。議員団、インターン生、また総合政策出身の上村府会議員らが熱心に受講。ちょっと難しかったかな?

午後は、議員会を開催。各予算特別委員会での審議内容の報告を受けて、補正予算に対する賛否の態度を決める。午後2時からは、市会改革検討委員会。本会議場のバリアフリーなど検討項目について市会事務局から説明を受けて、今後各会派でそれぞれ検討することに。

夕方は、連合京都の洛南、洛北、洛東の地協事務局長と議長が集まって議員フォーラムの立ち上げに向けての準備会。

それから先輩の梶宏さんに誘われていたので三条京阪近くの「だん王保育園」に。京都の教育問題について喋る会。「だん王保育園」の園長は信ヶ原千恵子先生は「抱きしめて愛あふれる保育」をモットーに保育福祉活動の先達。日本で最初の夜間保育を始め、パワーあふれる人。ちょうど園児の作品展をしていて、見学をさせていただく。廃品を活用した夢あふれる乗り物や動物など多くの作品に感動。


●2月20日(月)
いつもよりちょっと早起きして、朝7時30分に吉田神社の鳥居前に。前原誠司代表、松井孝治、福山哲郎、泉健太議員そして滋賀県の林久美子参議院議員らが、わが吉田学区の安全・安心のため見守る隊の視察ということで集まる。登校する子供たちや付き添ってくる保護者に声を掛けて京大前を通ってわが母校第四錦林小学校に。ふれあいサロンで教育委員会からは、伏見の日野小学校の悲しい事件以来の京都での安全・安心対策の取り組みについて、また校長先生からは第四錦林小学校の地域との連携や見守り活動について、また吉田の自治連会長さん、見守る隊の事務局長さん、PTA会長さんらから地域の取り組みの説明を受けて懇談。ぼくの代表質問でも取り上げるので大いに参考になり、また関係者の取り組みに敬服。

午前10時からは補正予算についての予算特別委員会がそれぞれ開催。ぼくは公営企業予算特別委員会に所属。市立病院、交通局、上下水道局からそれぞれ説明を受けて質疑。ダイオキシン対策や勧奨退職者が増えたことによる補正や地下鉄東西線の二条・天神川間の工事で220億円が縮減されることや地域水道の繰越明許費のことなど。

午後は、代表質問の原稿の仕上げにかかり、総務局議事係りに質問書を提出。ほっとした。


●2月19日(日)
昼過ぎ、地元町内を市民派議員レポートを配達。2時過ぎ市役所に日曜出勤。議員団室で代表質問の原稿書きの仕上げ。総務局の議事課の奥井君も出勤していたので答弁時間などを確認。ぼくの持ち時間は35分。答弁時間は25分。質問項目も多すぎるし、字数も多い。1分間に喋れる字数は310字前後。どないしようかと悩む。あれもこれもと書いたけれどエイヤで切るしかない。

悩んだ結果、区役所の役割や交通政策と景観行政、また世界歴史都市会議の意義などバッサリ削ることにした。で、この20年間の京都市政を振り返り、桝本市政の10年間の政策と今後の京都像、財政改革と行政評価システムのこと、同和行政や地域力をキーワードに安心・安全のまちづくりと地域福祉、またこの市会の大きな議案である家庭ごみの指定袋導入についての質問をすることにした。

ぼくはいつもながら代表質問を書くときは、書き過ぎて、削るのが悩み。交通政策については公営企業予算特別委員会で大いに質疑をするとして、今回の代表質問の準備もほぼこれで終了。後は議員会で諮って了解を得て、いちど読み上げて、時間を計って手直ししたらオシマイだ。24日の午後1時からがんばろう!


●2月18日(土)
午前中、岩倉にて交通局職員のご母堂の告別式。午後は、吉田神社の節分の直会。直会と書いて「なおらい」と読むのだが、神事が終わった後の反省会。鈴鹿講社長と沢井宮司さんの挨拶の後、神酒で乾杯。今年の吉田の節分は天気に恵まれてまあまあの人出でよかった。

同じ時刻に知事選挙を控えて、山田知事の再選を目指す府市会議員が集う活力京都の議員連盟の会が開催されていたが、府議団が中心で、特に役職もないのでサボった。直会で神酒を飲むのを控えて議員団室に。

代表質問の仕上げに向けて原稿の推敲。あれも言いたい、これも聞きたい、と質問項目と字数は増えるのみ。2万字近くの原稿になったのでどう切るか、それが問題だ。

夜は、ロシア料理の店「キエフ」で、1982年に加藤登紀子さんの「水と土の会」のコンサートを企画・実行した「くちこみ舎」のメンバーの同窓会。当時は学生で痩せていた連中が今や肥えて関取みたいに変身した姿を見てびっくり。写真屋さんの佐野正明さんが中心の「くちこみ舎」は、左京区でミニコミを発行したりフリーマーケットをしたり古紙回収をしたり、なんやかんやで面白い集団だったね。みんな元気で何よりや。二次会には行かずに鈴木マサホメールニュース11号の発送作業。


●2月17日(金)
2月市会定例会の冒頭の本会議。本会議が始まる前に本会議場で恒例の京都市交響楽団演奏の演奏による京都市歌とモーツアルトの「ディブェルティメント第4番変ロ長調よりアレグロ&メヌエット」の演奏。

そして桝本市長から新年度の予算案についての提案説明。国会で言うなら首相の施政方針にあたる演説。また松井副市長から、その他の議案に関して提案理由の説明が続き、延会。その後、普通予算特別委員会と公営企業等予算特別委員会が開催され、正副委員長を互選。ぼくは昨年に続いて公営企業等予算特別委員会のメンバー。地下鉄・市バス、上下水道、地域水道と病院事業事業について質疑をすることに。交通問題などで提案などありましたら、委員会で反映をさせますのでご意見をお寄せください。

午後は本会議場で市会議員の研修会ということで、錦林小学校出身のJR東海相談役の須田寛氏が「観光立国と京都観光」をテーマに講演。早口でユーモアを交えながら、世界や日本の観光動向や観光渋滞の時の苦労や新しい体験型の観光資源の開発や外国人旅行者の不自由さや琵琶湖疏水を観光面で大いに活用すべきと講演。居眠りする議員もほとんどいなくて熱心に聞いていた。

夜は、東京から悪友の加藤啓が久しぶりに帰洛。鴨沂高校時代の悪友が久しぶりに集う。山の話や同期の連中の消息や退職後のことや年金や介護のことが話題。いやはやもう人生の黄昏時やが意気軒昂。もう3年もすれば定年を迎えるのだな。高校を卒業してなんと40年や。


●2月16日(木)
市会運営委員会、会期は3月17日までの29日間、明日の本会議日程などを決める。終了後は、代表質問を巡っていくつかの項目で担当課に資料の要求をしたりでアタフタとする。

昼は、有功者である元市会議員に市長らから新年度の予算概要が説明をされた後の懇談会に、正副議長や他会派の市会運営委員会の理事らと出席。自民、共産、公明や社会党時代の西田輝雄さんら大先輩が元気に来られていた。中には前回の選挙で惜敗してもういちど挑戦をする予定の同世代の前議員も参加していて、状況などを四方山話。

午後は、宝ヶ池の国際会館で京都議定書発効から一周年記念の環境先進自治体都市会議のオープニングセッション、「地域から取り組む地域温暖化対策」のシンポジウム。環境政策顧問で気候ネットワークの浅岡美恵弁護士の講演と東京都、川越市、京都市の環境部門の担当者や企業の取り組みが報告。川越市の節電運動は、面白い。一度川越市に視察に行きたいね。

夕方は、連合京都の洛東、洛北、洛南地協の事務局と議員フォーラムの立ち上げの準備会。


●2月15日(水)
予算や議案に関する勉強会は3日目。産業観光局、会計室、総務局、消防局、人事委員会、選挙管理委員会、監査事務局から説明と質疑。産業観光局が所管する東京の京都館は、現在六本木にあるが、東京事務所と統合して八重洲口に移転して今後はシティセールスを活発化させることや嵐山の花灯路のことなど、消防局は、住宅に設置が義務付けられた火災警報装置の普及についてなど話題に。

夕方、来週の20日の月曜日に民主党前原代表が、セキュリティネットの取り組みとしてわが地元の第四錦林小学校、吉田学区の見守り隊について視察に来るということで、川端署と京都府警の警護の担当者と現場で打ち合わせ。気楽に考えていたが、えらい大袈裟なことだ。学校や地元のみなさんに迷惑をかけるが警護のみなさんもたいへんだね。

夕方から夜は、議員団室に一人篭もってワードで代表質問の打ち込み。ラフだけれど質問要旨がほぼ出来上がったが、どうまとめていくかがこれからの作業。同僚の山岸議員も大筋原稿を作り上げていて、心配することもなし。市役所を出たのは、深夜11時前。疲れたよ。


●2月14日(火)
勉強会は、総合企画局、交通局、上下水道局、文化市民局、保健福祉局と4時過ぎまで続く。総合企画局はこの1月から始まった京都市の総合案内であるコールセンターの開始後の動向などが話題に。交通局も上下水道局も赤字予算。文化市民局は、文化芸術創生都市条例の制定、保健福祉局は、補正予算や児童福祉や高齢者福祉に障害者福祉に保健施策など事業も多く、また国民健康保険や市立病院の特別会計もあり、説明に時間がかかる。

勉強会の終了後、今後の日程などを報告。また宇都宮議員からは、知事選挙の取り組み状況の報告も。

夕方は、わが応援団の中心メンバーに集まってもらって、3月4日に予定している早春サロンの準備や今年の予定などを決める。市会議員選挙をほぼ1年先の4月に控え、激戦も予想されることから、がんばらなくっちゃね。オリンピックじゃないけれど4年に一度は早いよ。


●2月13日(月)
2月定例市会の議案発送。各会派が議員会を開いて、各局から予算や議案について説明を受ける勉強会が始まる。

わが会派は、教育委員会、環境局、建設局、都市計画局、理財局と各局1時間づつ説明を受けて質疑。また昼には、松井副市長から昨年末に議員団から提出した予算要望の回答が手渡される。教育委員会では、PFI方式で小学校の全教室の冷房化や御池中学校の開校に向けての取り組みなど。環境局は、家庭ごみの有料指定袋制度の導入が、また建設局は新十条トンネルと油小路線の高速道路の開通に向けての料金設定、都市計画局は歩くまち京都の実現と景観対策、理財局は予算編成とその過程の公表の問題などが話題になる。

夕方までみっちり勉強会。議案も出たので、一人議員団室に残って、テレビでトリノオリンピックを見ながら、代表質問の原稿の打ち込みを始める。この20年の京都市政の変遷を振り返り、財政問題や行政評価、景観問題や家庭ごみの指定袋制度、或いは安心安全をキーワードに地域力と教育や福祉の問題などを取り上げる予定。それにしてもトリノオリンピックで日本選手のメダルは取れそうにないな。


●2月12日(日)
風の冷たい日曜日だが、晴天の駅伝日和。第20回目になる小学生の大文字駅伝に日。わが事務所近くの岡崎公園がゴール。例によって、ゴール近くの本部席に行って教育委員会のメンバーを激励。グランドの周辺には各チームの応援団で熱気。京都市北区の衣笠小前から左京区の岡崎公園野球場までの10区間17.437キロのコース。民族学校の子供たちなど51チームが参加。グランドに飛び込んできたのは、嵯峨野と向島南と久我の杜の女子のアンカー。向島南が追い上げたが、嵯峨野が逃げ切って3連覇。参加した子供たち、ボランティアのみなさん、ご苦労さんでした。

昼過ぎ、京都府会議員の中小路健吾君の結婚披露宴。媒酌人は、彼がかって事務所スタッフをしていたわが民主党代表の前原誠司夫妻。来賓には山田知事や長岡京市長に向日市市長に民主党の国会議員に府会議員らが勢揃い。新妻は可愛いスッチーで同志社出身。中小路君はぼくの同志社総合政策科学研究科の同級生。議員の妻はたいへんやで。でもええ感じのカップルやね。気持ちよく酔っ払い帰宅して早々に就寝。


●2月11日(土)
昼過ぎから事務所に。とある宗教団体の属している友人が来所。ご浄霊なる儀式をしてもらう。少しはすっきりしたかな?

で、気合を入れて代表質問のメモを作り始める。この20年間に本会議で数え切れないくらい質問に立ってきたが、やっぱり質問を作るときは色々と資料を読んだり、どんなテーマでやるか悩む。今回は、20年目ということで、京都市政のこの間の変わりようを振り返りながら、京都の未来の展望を切り開く政策提言をしたいと思ってはいるが、さてどういう論旨になるか。頭の中ではイメージが出来ていても、それなりに勉強をして苦労するのだ。今回のネタは、市会事務局の政務調査課に依頼していた作成してもらったこの20年間の主だった条例制定や市政の基本計画や社会的な出来事を振り返りながら、京都のあるべき姿や自治体のあり方を質問したい。また家庭ごみの有料指定袋導入についても考察をしたい。来週は節酒して必死にならんと。


●2月10日(金)
2月定例市会が告示。市会運営委員会。2月市会の日程を決める。
17日が市長提案の本会議。この日は例によって京都市交響楽団の演奏も行われる。23日と24日がテレビ中継のある代表質問。会期末は3月17日。その後、各会派の理事に市会事務局から新年度の市会の予算について説明がある。

午後、事務所に戻って雑務をしていると市会事務局から「今日2時から、左京区の保育園関係者との懇談会がありますが、ご存知でしたか」と緊急電話。「なんやて、そんな知らんで!」とびっくり。この懇談会は毎年開催されているのだが、引退を表明されている長老の某議員が、どうやら各議員に連絡するのを忘れていたらしい。お齢なのでまあしゃあないか、と思って、ともかく途中から参加。保育士さんが説明をされているところに間に合った。色々と保育現場の苦労や保護者の要望を聞くが、今後はきっちりと連絡をして欲しいと苦言。

その後、わが母校の第四錦林小学校での「英語活動・国際理解教育を通してー関わりを大切にしながら自ら進んで学ぶ子の育成」という研究発表会に。市教委カリキュラム開発支援センターの直山木綿子さんの講評は、いつもながら実に迫力があって感心。ぼくは今では京都弁の英語を喋れるが、中学高校時代は英語が嫌いだったのだ。第四錦林の子供たちが今後どういうふうに国際理解をしていくのか、楽しみ。先生方、ご苦労さんです。

夕方は、自治労文化市民支部の新春の集い。1月5日から始まった1ヶ月余に及ぶ旗開きロードもこれにて打ち止め。


●2月9日(木)
午前中、歯医者に行った後、修学院の前原誠司民主党代表の事務所に。代表就任直後は事務所もアタフタとした様子だったが、後援会の新年会も盛況に終わってほっと一息といったところ。秋に予定されている民主党の代表選挙のことについて秘書と喋るが代表選挙も全国遊説や色々と対策を練らねばならないらしいし、いやはやたいへんやで。

午後は、06年度予算案について正副議長、市会運営委員の各会派の理事や予算委員会委員長への説明会。ぼくは民主・都みらい議員団を代表して参加。市長、副市長、公営企業管理者ら幹部が勢揃いし、市長の挨拶の後、理財局長から、予算の概要や新規事業を中心に説明がある。厳しい財政状況下であるが、一般会計予算は、昨年より0・8㌫増の6957億円の予算。また市バス・地下鉄、上下水道事業の予算は管理者から、また補正予算やその他の条例など提出議案についても説明が行われ簡単な質疑。

その後、議員団室には昨日に続いて各局担当者が、議案の説明に。夕方まで、その対応でアタフタ。夕方は、事務所で京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会のパンフレットの校正作業。


●2月8日(水)
ライオンズクラブの会長のお父さんの告別式の後、議員団室に。

2月市会定例会の告示も間近になり、ぼくが理事ということで、各局の担当者が次から次へと議案の説明に。この市会は、予算案が大きなテーマだが、なんといっても家庭ごみの有料指定袋の導入が議論を呼ぶ。ぼくは代表質問で取り上げる予定。

相談ごとは、とある幼稚園の園舎の拡張のこと。この少子化時代に、園児が増加する見込みで、嬉しいことだけど、色々と建築上の規制があるので、さてどうするか、それが問題だ。

夕方は、エスペランチストの藤本夫妻とある問題のことで、久しぶりに会って、旧交を深める。エスペラントは確かポーランドのザメンホフという人がつくった国際語。藤本さんは京都でエスペラント語の普及に努めてきた人。奥さんは梅棹忠夫先生の秘書をされていた。出会ったのはもう30年以上前のことか。お二人ともお元気そうで何より。


●2月7日(火)
午前中、事務所に来客。携帯電話を使って、市バスの運行状況の案内や英語教育への活用などアイデアを聞く。ぼくは携帯電話をもちろん持っているが、ほぼ電話だけしか使っていないけれど、インターネットや携帯電話の進歩、さらにその活用方法に驚くばかり。

午後、議員団室にて2月市会での代表質問を書くべくメモの準備を始めるが、さてどうするかと思案。議員になって20年目の節目の質問にもなるので、ふと机の上においている同志社の総合政策科学研究科の修士論文とレポートなどを冊子にした拙著の「京都自治体論」を読み返す。95年に入学して各講義でのレポートは、まちづくりや環境政策や福祉政策など京都市政に関することを書き、また98年に修士論文として書いた京都市政の沿革と提案などをまとめて一冊の冊子にしたのだが、読み返すと我ながら、よく書いたものだと思う。最近は、脳もアルコール付けで勉強する意欲も失せているが、実に充実した日々だった。2月21日にはわがゼミの先生であった伊多波良雄教授に来ていただいて議員団の研修会を予定している。次回の選挙に勝ったら博士課程に行って勉強しようかな?


●2月6日(月)
朝から事務所に篭って年賀状代わりの市民派議員レポートの発送準備作業。年賀状をたくさんの方からいただいたが、返事も出さずにご無礼のだん、お許しください。また地元は自分で配布するつもりなので、もうちょっと時間がかかるかな。

午後、久しぶりに歯医者に行きガリガリしてもらい、帰途は今年初めての神楽岡の藤村接骨院に。藤村先生は、節分のときの鬼やらい式で鬼を追っ払う方相氏の役。節分の苦労話。ローラーと電気治療とマッサージで節分で固まった体を解してもらう。ちょっと楽になった。

夕方は、以前から相談にのっていた自閉症の子供さんのいる保護者の方と懇談。進路が決まってよかったね。

●2月5日(日)
「左京区民の保健・医療・福祉をみんなで考えるつどい」が京都会館で。この会は、今年で13回目を迎える。左京方式として京都でもモデルになっているが、医師会、地域ケア連絡協議会、事業者連絡協議会が中心となって、歯科医師会、薬剤師会、社会福祉協議会、区役所、保健所、消防署など関係団体が知恵を出しながら、企画、継続されてきた。

今年は、家森幸男京都大学名誉教授の<健康長寿は毎日の食事からー世界調査に学ぶ「一日一膳」>と題した講演。世界の長寿地域を調査された先生のお話は、大豆やヨーグルトが健康の源だというユーモアあふれるお話。また第2部として「介護予防ー身近なところからはじめよう!知識だけではなく実践を」と題して、例によって舞台で芝居をしながら、はたまたクイズ形式や実技なども取り入れて、認知症や介護予防の方法など考えてもらうべく、参加者を笑わせながらのみなさん大熱演。ぼくは毎年この舞台に感心している一人。準備されたみなさん、ほんまにご苦労さんでした。

夕方は、「泉ケンタと過ごす新春の集い」。昨年の総選挙で小選挙区の再選を果たした泉健太衆議院議員のパーティー。前原代表も参加して、民主党の若きホープ、ケンタの活躍ぶりなどを披露。ぼくは彼が立命館の弁論部で活躍していた頃に出会い、もう10年ぐらい前のことか。わが家にも遊びに来たこともあった。そのケンタ君ももうすぐ2児の父になる。がんばれよ!

その後、わが四錦小学校時代の5年・6年の今は亡き山内光夫先生のクラスだった同級生の加藤君が久しぶりに京都に帰っていたので、一献を傾ける。


●2月4日(土)
民主党京都府連の第8回定期大会。節分の疲れでいささかボーとしている。大会に先立ち常任幹事会で日程などの最終打ち合わせ。午後2時から定期大会。

各総支部からの代議員やサポーター代表に傍聴者に報道関係者で会場は満員。ぼくは執行部ということで前列に座る。福山会長の挨拶に始まって、来賓の選挙を控えた山田知事が味のある挨拶をされ、続いて桝本市長に連合京都の木戸会長が挨拶。以降、宇都宮幹事長の党務報告や各委員会の委員長らが活動報告、ぼくも簡単に自治体議員ネットワークのことを報告。決算も承認され、今後の方針や予算案も承認。そして多忙な中、前原代表が挨拶。

最後は、来春の統一自治体選挙を闘う府会市会の第一次公認候補が勢揃い。京都府会には、現職10人、新人が2人公認、京都市会には、公認が現職が8人、推薦が1人、新人は亡くなった天方議員の子息ら5人が公認された。並ぶとなかなかの迫力だよ。もちろんぼくは公認候補として6期目を目指すのだ。その後懇親会では、前原代表と一緒に記念写真をとる輪があちこちに。「京都から日本を変える!」、京都の民主党は意気盛んだ!


●2月3日(金)
吉田の節分の当日祭。昨日同様、お神楽の受付に座る。昨日より寒いが、それほど風もなく手もかじかまない。午前10時頃から続々参拝客が来られる。毎年来られる人も多く、それぞれの家族の風景を見る。

昼過ぎ、羽織り姿のまま市役所に。市長から議員団に新年度の予算の概要の説明会。厳しい財政状況だが、なんとか予算編成の目途がついたところ。詳細は、議案発送後、各局から説明を受けることになる。

1時間ほどの説明のあと、タクシーで吉田神社に戻る途中、須賀神社の節分祭にも立ち寄り聖護院のみなさんにもご挨拶して、全国の神さんを祭っている大元宮にも参拝して、またまたお神楽の受付に座り込む。夕方、昨日の鬼たちが、改心したという設定で、福鬼となって境内に出現。参拝客に福を呼ぶ。また吉田は豆まきはしないが、福引き券のついた福豆が販売される。

夜になって少し冷え込み、小雪が舞い始めた。午後10時を過ぎると参拝客が続々と詰め掛け、11時に境内の中央には参拝客が持ってこられたお札さんなどが山と積み上げられてそれを燃やす儀式「火炉式」が始る。この火にあたったら無病息災、今年も元気で過ごせるのだ。消防署や消防分団に警備に当たる今宮会のみなさん、ご苦労さんです。近年、多くの外国人が集まり未明まで賑わう。受付を終了したのが午前12時前。。例によって火炉式の警備を終わった今宮会のメンバーと一杯飲んで帰宅したのは午前1時前。長い長い2日間であった。もうフラフラ。


●2月2日(木)
今日から吉田神社の節分祭。昨年からわが後援会会長の柿阪正夫さんと大元講社員の大角時昭さんのお二人とともに本宮のお神楽の受付に座ることになった。ホカロンを背中に貼り付けて、袴と羽織を着てと、慣れないことで、早朝からわが家は大騒動。火鉢に炭をおこして準備万全。

午前9時過ぎにからぼつぼつと参拝客が来られる。昨年は雪が積もって寒かったが、今年の節分は比較的暖か。横笛や太鼓の雅楽を演奏する人やお神楽を舞う巫女さんたちも昨年のメンバー。お祭の時に寄付をいただいた地元の吉田の人は葉書を持ってこられ、また厄払いや家内安全や諸事の願い事を書き込んでいただいて申込をされる方にお神楽を舞った巫女さんが追儺の矢をお渡しする。

夕方6時からの「鬼やらい」といわれる追儺式のときは境内は超満員。赤鬼と青鬼と黄鬼が、子供たちを驚かしながら境内を回り、松明を持った子供たちを従えた黄金四つ目の仮面を被った方相氏が鬼たちを追い、葦の矢を殿上人が放って鬼を追う払うという、つまり人々の幸福と平和な生活を願うという儀式。これらに扮する人は神楽岡町の人々が保存会を作って継承されている。ご苦労さんです。夜10時頃になってようやく参拝客も減り始めて受付の終了。帰宅したのは、12時前。


●2月1日(水)
今日から2月、市民派議員レポート2006年新春号が刷り上ってくる。恒例の新春サロンを3月4日(土)に、いつもより会場の都合で遅らして開催することにしたので、発送を遅らすこととした。事務所でパソコンを使って宛名を印刷する作業。昔はタックシールを貼っていたが、便利になったものだ。午後は、左京区役所で市民からの相談ごとで担当者と懇談。

夕方は、自治労理財会計支部の旗開き。隣の部屋で開催されていた西京支部も覗く。正月以来ロイヤルホテルは5回目か。挨拶だけして、次は京都ホテルでの京都交通労組60周年記念の集い。戦後の京都の労働運動の先頭に立っていた京交。市長や市会の正副議長に民主党の京都選出の国会議員に歴代の委員長に全国の都市交の役員らがお祝いに。お笑いタレントのレッツゴー三匹の長作さんも駆けつけ盛り上がる。


鈴木マサホ事務所
〒606-8313 京都府京都市左京区吉田中大路町17-1 鈴木文化会館2F
tel: 075-761-5537(代) fax: 075-761-5591

Copyright ©2001-2010 Masaho SUZUKI All Rights Reserved