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鈴木マサホひとくち日記 |
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●1月31日(土)
1月も今日でお終い。明日から2月だ。昼前、岩倉はとある区画整理事業に関わる道路舗装問題と河川事業に関わることで市民から相談ごと。いちおう決着はついているようだが、経過など担当者から聞いてみたい。
昼過ぎは、岡崎コミュニティセンターにて自治会の会長さんと懇談。ご自分の若いときのことやコミセンの廃止・存続問題やNPOの活動のことなど聞く。
その後、NPO法人「あったかサポート」の研修会に参加。「成年後見人制度をいかに活用すべきか」という弁護士やNPO法人ユニバーサルケアの内藤健三郎さんらによるパネルディスカッションと交流会。判断力の無くなった高齢者や知的障害者などの権利を擁護するための成年後見人制度があるが、いかに問題解決をするのか、それぞれの立場での発言。福山参議院議員も参加して勉強。高齢者に対する「おれおれ詐欺」や悪徳商法に対処するための処方箋のひとつ。独居の方で心配な方、いちど相談されたらいいですよ。
夕方、事務所への来客は、介護の仕事をしている友人。京都市が出資している社会福祉法人「京都福祉サービス協会」が資産運用をしていた外債1億円が焦げ付いた事件について。市役所OBの前理事長が専決で購入したが、金融危機で回収が不可能になったと新聞にも大きく載った。京都の介護サービズの草分けでもあり多くのヘルパーと施設を抱える「京都福祉サービス協会」がこういう事態になったのは誠に遺憾だよ!市会の委員会でも大きな議論になるだろう!保健福祉局は、しっかり調査し報告すべきで、担当者の責任は免れないぞ。
●1月30日(金)
午前中、とある小学校の校長先生と発達障害の児童の教育環境について今後のことなど話し合う。その後、岡崎コミュニティセンターを訪問。副所長から運営状況や事業の取り組みなど懇談して、施設を見学。この地区の市営住宅は約50所帯。昭和40年代前半に建設され隣保館も設置された。開館時間は午前9時から午後9時まで、2人の市職員と1人の嘱託職員で運営されている。NPO法人「おもいやりネットワーク岡崎」として陶芸教室やちぎり絵教室などを実施、子育てサロンやカラオケなど地区外の人の利用も多くなってきているようだ。相談ごとは、役所から送られてくる書類に関しての説明や住宅の独居老人の訪問など。自治会の会長宅にも行こうと思ったがお留守。明日また来よう。
午後、桜の名所、銀閣寺前の疏水は「哲学の道」でクローン技術で桜を復活させるということで、「関雪桜」小枝採取式。哲学の路にテントが張られて石碑の前で門川市長と地元のみなさんが桜の枝を採取する儀式。岡山にある森林総合研究所にて同じ遺伝子を持つ後継クローン苗木を増殖し植樹しようという試み。楽しみですね。
夕方、部落解放同盟田中支部の書記長が「コミュニティセンターの存続を求める」要望書を持参。「地域に目を向けて、必要な一般施策を活用して人権・部落問題の解決を図るように尽力をして欲しいという」内容。
夜は、左京区役所の職員団体、自治労左京支部の旗びらき。31歳の若い支部長。なかなかしっかりしているよ。携帯電話の着メロでカラオケを披露する元気な組合員も。二次会にも少し顔を出す。
●1月29日(木)
山科区選出の豊田貴志府会議員が珍しく市役所の議員団室に。学校用地内における派出所設置のことで教育委員会との懇談の場に同席。市内には祇園石段下の弥栄中学校など数校だが学校用地に派出所が設置されているところもあるという。されど色々と課題はありそう。
その後、コミュニティセンターの廃止問題などについて文化市民局長らと懇談。同和行政終結後の在り方点検委員会での色々と議論が始まっていて、まとめも出され、11月市会で門川市長が廃止を表明したことで、廃止反対の署名運動も始まっているようだが、担当局の考えを聞く。4月1日から職員を引き上げ、相談事業などを止めて、NPOや民間のビル管理会社などに管理を委託するということなのだが、地元住民への説明や委託契約などどうするのか、時間的に間に合うのか、色々と不安が大きいね。
夕方は、自治労清掃支部の旗びらき。わが友人の髭の加藤氏が書記長となって、自治労清掃支部が立ち上がったのは1989年だった。あれから20年か。清掃局から環境局、そして来年からは組織改変で環境政策局なるものに変わるが、不祥事問題もあった、まち美化事務所の統合も話題になっているし、ゴミ収集の一部民間委託化も始まるし、有料ごみ袋の導入やプラステッィクの分別などこの20年、ほんまに色々なことがあったし、変わったな。
●1月28日(水)
午前中、京都サイクリング協会の会長らと、この5月31日に予定されているデンマーク大使館が主催するエコ・サイクリングの企画の協力のお願いに、連合京都、商工会議所、気候ネットワークなどを表敬訪問。京都でCOP3が開催されたのは1997年だった。その時も自転車によるパレードが行われたが、COP15がデンマークで開催されるということで、この企画が持ち上がった。地球温暖化を考えるために楽しいイベントになったらいいね。みなさん、ぜひご参加を。
午後、とある小学校の保護者の方が来所。発達障害児童の教育環境のことで懇談。自閉症など発達障害に関わる教育は、支援法も制定され教育現場への支援教員の配置などされ始めたが、まだまだ課題はありそう。教育委員会と話をしよう。
また国会では補正予算が成立したが、定額給付金のことで、どうするのですか、という問合せ。また戸籍法によれば出生届けは14日以内にしなければならないと決められているのに2月1日から15日で申請の受付をするというのは1日延長するのは、法律違反だという指摘。この定額給付金問題は、11月市会で共産党と見直しの意見書を賛成多数で可決したこともあり、波紋を投げかけている。京都市会でも補正予算の議案として上程されることになるのか、地域振興券のことでは市長専決でされたと記憶するが、仮に議案に反対したら京都市民には配られなくなるのかな。天下の愚策、景気回復だといわれるが、選挙目当ての買収行為だと言う人もいるし、されど1人1万2千円は欲しいと思っている人も多いし、さてどうするか、思案のしどころ。
夜、1994年と96年の5月市会本会議で同和行政の在り方について質問した議事録を冊子にするべく作業を始める。
●1月27日(火)
ちょっと二日酔い気味。福岡県庁に。議会棟は立派な建物。まずは、昨年スタートした福岡県森林環境税について担当者から説明を受けて質疑。荒廃する森林を保全するべく個人に年額500円、法人は現行の5%相当額を県民税に上乗せして課税され、約8億円の税収を見込み、期間は10年間。市町村が事業主体となって森林の整備や造成、公的な取得に当てられ、また県民参加の森林づくり推進事業を図ろうとするもの。また福岡県が進めている「農の働きもん派遣支援事業」についても説明を受ける。この制度は、農作業の人手を確保するためにJAと人材派遣会社に仲介をさせて地域住民を農家に派遣させようという制度。色々と課題はあるようだが、派遣問題が大きな話題になっている今の時代に、ちょっと面白い施策ではないか。
そして次に、京都市ではコミュニティセンター(旧隣保館)の職員の引き上げと廃止がこの予算市会で大きな議論になるが、博多区は千代地区の「人権のまちづくり館」を視察。福岡市内には10館ある。2年ほど前から職員の嘱託化が進められているが、パソコン教室や陶芸教室、保健福祉事業などが取り組まれている。会議室には「解放歌」の歌詞が貼ってあり、福岡は部落解放同盟の存在は大きそうで、今も交渉などが行われているようだ。さて、京都はこれからコミュニティセンターをどうするのか!
夕方、京都着。「住みよい京都をつくる婦人の会」の結成40周年記念の集い」。会長の内藤しげさんは今年も元気に演壇に。80歳半ばだと思うが、ますますカクシャクとしてこられた。公害問題や消費者運動、環境問題など女性の立場で、京都市政の守り立て役として40年を振り返り、これからも好奇心をもって生きたいとご挨拶。その元気さに敬服。各区の区長等と会員のみなさんが歌を披露したり賑やかな夕べ。
●1月26日(月)
朝8時過ぎ、京都駅へ。議員団の他都市調査で福岡へ。山口から雪景色。昼食の後、国際競争力のある博多港づくりと先進的モデル都市として、航路確保のために浚渫された土砂を埋め立てたアイランドシティに。その概要とさらに福岡ビジネス創造センターの説明を受ける。九州大学や産業界など産官学の連携で新たなビジネスモデルを作ろうとする拠点。それから住宅地など整備事業が進む様子を見ながら、国際コンテナ物流ゾーンで担当者から説明を受けて、コンテナの運び込みの作業を見る。港湾のない京都で生まれ育ったから興味津々。大型トレーラーで運び込まれたコンテナを吊り上げて、またコンテナをトレーラに載せる作業を見るのは飽きない。ITシステムで管理され、実に効率的に作業が進む。その積み下ろしの作業の速さは神技で実に面白かった。
夕方、議員団の同僚との夕食の後、わが青春の1ページ、岩国の反戦喫茶「ほびっと」時代の友人と会う。反戦喫茶「ほびっと」は1972年2月、岩国の米軍基地近くで反戦運動の拠点として開店した。その時のメンバーだったワシノ君とお客だったNさん。ワシノ君とは10年ぶりぐらいか。Nさんとは36年ぶり?その後、それぞれの人生を生きてきたが、「ほびっと」で過ごした時代は疾風怒涛の時代。児童文学作家の岩瀬成子さんの「朝はだんだん見えてくる」にその時代が描かれている。ワシノ君は環境問題などに取り組みながら次回の市会議員選挙の出馬することを考えているという。がんばれよ!そして博多の夜は、屋台とラーメンで締めくくった。
●1月25日(日)
昼前、岡崎消防分団の河野さんの告別式に参列。河野さんはぼくが学生時代に運送屋の引越しのバイトをしていたときの先輩。消防団の歳末警戒のときや近所を散歩しておられるときなどよく声をかけてもらった。享年67歳。心よりご冥福をお祈りします。
午後は、恒例の「左京区文化フェスティバル」が京都造形大学の春秋座で開催。左京区の国会・府市会議員が来賓で随時紹介してもらう。今年も大正琴の演奏、コーラス、踊りなど色々なグループが登場。今年はフラダンスの発表が多かった。それにしても女性たちが元気やね。
夕方は、浄楽消防分団出初式。毎年同じ時間帯に前原議員の後援会の新年会が開催されるのでこの数年出初式には行かなかったが、今回は表彰式のみに参加。そして紹介だけしてもらって、前原誠司議員の後援会の新年会に走る。いつものように会場のウエスティン都ホテルは、超満員。壮観。なんと1300人で政権交代の期待もあり熱気ムンムン。来賓で京セラの稲盛和夫会長が激励のエール。食事もほどほどに左京区からの参加者の各テーブルを汗をかきながら挨拶回り。色んな人から激励していただいて感謝!それにしてもすごい人だ。ホテルの人もテンヤワンヤ。実行委員会の打ち上げにも出てご挨拶。ご苦労さんでした。
●1月24日(土)
午前中、今年初めての民主党京都府連の常任幹事会。執行部側ではないので報告などしなくていいので気楽なもの。政権交代の機運がみなぎっていると山井会長。解散総選挙は早くて5月の連休前後か。2月には民主党京都府連結成10周年記念大会が開催されるのでその運営方法や議案書などについて議論。
途中で会議を抜けてNPO法人「加音」の設立総会へ。終わりがけだったがご挨拶。自閉症などの発達障害や難病の患者さんたちのために利用者や家族が安心して暮らせる社会をつくることが目標。ぼくも応援させていただくことに。色々とあったが、「加音」として新たなスタート台にたった。北村夫妻、がんばってよ!
午後は、事務所に来客2組。京都の様々な祭りや四季の移り変わりの画像をDVDに仕上げたスタッフフォーワンの堀ちゃん。ぜひ見てください。またキューバ仲間の友人が介護の相談に。
夜は、とある地元のお好み焼き屋で、ボタン鍋とワインで、ぼくと小学校時代からの友人の2人の還暦祝いをしてもらう。感謝。
●1月23日(金)
昼前、吉田剣鉾保存会が発足した当時、剣鉾のメンバーの師匠だった方の告別式。ご冥福を。
昼過ぎ、土砂災害の警戒避難体制について勉強会。平成13年に施行された土砂災害防止法によって都道府県が基礎調査をして土砂災害警戒区域と土砂災害特別警戒区域を指定することになっている。特別警戒区域に指定されると開発行為や建築物の構造に規制がかかり建築物の移転の勧告等がされるが市街化区域内で指定されると、私権に関わり色々と住民に不安をかもしだす。避難経路や避難場所を決めておくことは当然のことだろうが、住民の率直な意見を聞くことが大切だ。
その後、議員団のメンバーと東三条のコミュニティセンターを視察。担当の部長や所長から説明を受けて屋内体育館や学習センター、音楽室なども見学。また改良住宅では住民の好意によって部屋を訪問する。また新棟では自治会のメンバーなどとも懇談。また同和団体の役員からは、この3月をもって日常生活の相談窓口を廃止し、4月以降は京都市の職員がいなくなる旨のビラが配られるという報告。市内のコミュニティセンターには105人の職員が配置されており職員を引き上げ、見直しをしようとするもの。色々と意見を聞きながら議論を重ねたいと思っている。
夕方は、自治労公室支部の旗びらき。ロイヤルホテルは今年三回目か。公室支部とは総務局、総合企画局、市会事務局、選挙、監査、人事委員会のメンバー。ざっと挨拶して解放同盟の田中支部と錦林支部の荊冠旗びらきをハシゴ。タフでないと務まらんよ!コミセン問題では議論を重ねたい。
●1月22日(木)
午前中、事務所に昨年5月のアレイダ・ゲバラさんを招いて講演会をしたときに名刺交換をした方が来所。環境問題やゴミの減量問題について熱く語られる。事業系の紙類をどう処理するのか、色々とそのシステムを伺う。昼前、吉田山を越えて、浄土寺の吉田デンタルクリニックで今年最初の歯の治療に。わが主治医の吉田先生に新年のご挨拶とともに今年最初の快感を味わう。奥さんは画家で今年も日展に出展されていたのだ。
午後、忙中閑あり。映画「チェ28歳の革命」を新京極の映画館に見に行く。なんと60歳以上はシニア料金で千円!知らなかったよ!うれしいね!これから映画シニア中年になるぞ!チェ・ゲバラは、ぼくらの時代のヒーローだ。1967年ボリビアにて殉死するが、ぼくは1970年21歳のときキューバにサトウキビ刈りに行った。キューバの各地で「チェのように」と書かれた大きなポスターと「コマンダン・チェ」の歌が流れていた。去年の5月には娘さんのアレイダさんを招いて京都で講演会を主催した。映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」も見た。映画は、1964年国連での演説の風景と1956年グランマ号に乗り込んでキューバに上陸。喘息に悩まされながらゲリラ闘争に参加し、1959年キューバ革命に勝利するまでの革命家ゲバラを描いている。ぼくは非暴力主義者だが、彼の革命に賭けた夢とキューバでのぼく自身の体験をわがこれからの人生にどう生かすのか、考えた映画。
2月には第2部も見に行こう。
夜は、自治労現業評議会と自治労教育支部の旗びらき。そして韓国料理の店「新羅」のキムさんの誕生日。常連客が集ってお祝い。マッコリを飲みすぎたよ。
●1月21日(水)
バラク・オバマ大統領の就任式が未明にあった。アメリカ合衆国にとってアフリカ系(黒人)の初めての大統領。歴史的な日。黒人やヒスパニック、アジア系などアメリカ社会のマイノリティの期待は特に大きいと思うが、経済危機や雇用、紛争などどのように難問を解決していくのか、期待を持って見守りたい。アメリカは文字どうり新時代を迎えた。わが日本もなんとかしよう!
午後、「駱駝は眠っている」(かもがわ出版刊)の著者砂岸あろさんが、彼女の新作「ほおずきの夜」(白馬社刊)を図書館に寄贈するということで総合教育センターに。山科の四ノ宮の地蔵盆を舞台にちょっとシュールなストーリーだが、少女の話。ぜひお読みください。「駱駝は眠っている」はわが青春の1ページ、烏丸今出川に実在した喫茶「駱駝館」を舞台にした作品。ぼくらしき髭面のマスターが出てくるよ。残部あります。
その後、伏見区は共同作業所「福祉工房P&P」を激励に。作業所が立ち上がって10年ほどか。パソコンを使って名刺や印刷を作っている。アニメの下請けもするとか。利用者のみなさんは熱心にパソコンに向かって作業中。夜は久しぶりに何もない日。事務所にて本を読んだり資料整理したり。
●1月20日(火)
午前中議員団室へ。アメリカはボストンに同志社大学創設者の新島襄の記念碑を建立したいという思いを抱かれている同志社の先輩が、労働運動の大先輩らと一緒に来られる。京都とボストンは姉妹都市でもあり、同志社にとっても建立の意義はあるのだろう。グリークラブら同志社の関係者らで基金を集められるとのこと。ぼくも同志社卒ということでどういう協力が出来るのか、考えてみたいが、京都市としては無理だな。突然の来訪でいささか驚いたが、協力についてはもう少し様子を見りたい。
午後は、事務所に同和団体の関係者が来所。かって隣保館と呼ばれていたコミュニティセンターの廃止問題について懇談。昨年来、京都市同和行政終結後のあり方総点検委員会が開催され、コミュニティセンターのあり方についても議論され、11月市会で門川市長が廃止と職員の引き上げを表明した。そのことでこの2月市会で条例も上程されるが、廃止問題を巡って関係者は署名運動も始めている。議員団でも大いに議論になる。意見交換をする。
夕方は、鴨沂高校同窓会の会議。これから同窓会の運営をどうするか議論。3月には新旧の理事さんに集まってもらって新体制でスタートを切りたいと思っている。1970年(昭和45年)以降に鴨沂高校を卒業したみなさん、ぜひ会員になってください!そしてわれこそはという人、理事になってくださいよ!深夜、テレビニュースではオバマ大統領の就任式を控えたワシントンからの中継。なんと200万人の人が結集していてお祭り騒ぎ。就任演説を聞きたかったが、睡魔には勝てず。寝る。
●1月19日(月)
今年最初の経済総務委員会が開催。総合企画局から地球温暖化対策に関わる年次報告。2006年は温室効果ガスの総排出量が90年の773万トンから6.1㌫50万トン減少したが、2010年に10㌫削減するには32万トンの削減が必要とのこと。太陽光など自然エネルギーの導入など目標達成には色々な取り組みが必要だ。総務局からは、環境局職員の事故欠勤で停職3日の処分をしたと報告。産業観光局とは、ぼくは、市内中小企業の経営動向実態調査・景況について質疑。じわじわと不況が京都の製造業、非製造ともに中小企業に影響を及ぼしているのだ。先行きは実に厳しい。緊急経済対策本部は立ち上がっているが京都市が何ができるか、考えないといけないぞ。消費税撤回の請願は留保。
午後2時過ぎから議員団の視察で、かっては隣保館と呼ばれた南区の吉祥院のコミュニティーセンターへ。市長がコミュニティセンターの廃止、職員の引き上げを表明し、この2月市会でも議論になる。ふれあい吉祥院ネットワークのメンバーからも事業のことなど説明を受け、屋内体育施設、学習センター、保健所分室、市立浴場、など視察。同和問題の解決のためにということで建てられたこれらの施設を今後どうするのか、色々と議論をしないと。
夕方は、今年最初の鈴木マサホ新春市政懇談会。門川市政誕生からほぼ1年、この1年の門川市政や市会の動き、そして今後の京都市政の課題について語り、また還暦を迎えてこれからの目標、また活動方針など決意を語る。この予算市会はなんといっても定額給付金のことで悩むことになりそうだが、「未来まちづくりプラン」に掲げられている財源不足と事業の見直しなど課題は多い。40人近い人にご参加いただき感謝!今年もよろしく!
●1月18日(日)
朝、大原へ。恒例の大原の各種団体新年交礼会並びに大原消防分団出初式に。佐竹自治連会長は、小中一貫校の開校のこと、公共下水道敷設のこと、簡易水道の京都市への移管、駐在所の移転問題など地元の課題についてご挨拶。分団員さんの表彰の後、二部はいつものように廣山会・社中の中川廣山師の尺八と琴の演奏による今年は三味線を入れて「サウンドミュージック」の演奏、よかっった!そして昆布茶で乾杯。国会・府市会議員も揃う。帰途、残雪が残る江文峠を越えて静原へ。静原の市は仕舞いがけだったがご挨拶。夜は、わが還暦祝いと愚息の誕生日を兼ねて両親も一緒に会食。90歳になる親父はヒロシマで被爆したときの話も。娘から赤いトランクスのプレゼント。嬉しかったね。ようここまできたよ。
●1月17日(土)
午前中ちょっとダウン。とある会があったが欠席した。ごめん!、市原野は、知的障がい者の施設「わかば会」に。餅つきが終わった後だったが、施設長が捕獲した猪肉の豚汁とうどんをご馳走になりながら、スタッフの方と懇談。夜勤もあってたいへん。短期入所も始まるようで順調に行けばいいね。夕方、とある組合の旗びらきがあったが完全に失念!ごめん。ボケてきたわ。毎朝手帳を見ておこう。
そして今年三回目の聖護院御殿荘は、地元吉田学区の新年の懇談会。自治連合会、市政協力委員、少年補導委員、自主防災会、消防分団、体育振興会、民生児童委員、社会福祉協議会の面々に第四錦林小学校と近衛中学校の先生方が集まる。来賓の波部区長が左京区ができて80周年ということでスピーチして乾杯だ。日頃お世話になっているみなさんと懇親深める。わが地元のみなさん、今年もどうぞよろしく。
そして、左京の南部のクリーニング組合の新年会に呼ばれていたので走る。前原議員も忙しいなか出席。民主党への期待も大きく国政談義に話が盛り上がる。
●1月16日(金)
昼前、市役所に。デンマーク大使が門川市長を表敬訪問。京都サイクリング協会のメンバーと同席。この5月に日本各地でデンマーク大使館が主催して地球温暖化と環境問題をアピールするエコサイクリングをする企画があがっていて5月31日が最終ステージで京都議定書の発効の地、京都で開催されることになった。今後、詳細なことは決められていくであろうが、京都市も大いに協力すると市長。ぼくも応援するよ。
午後は、京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の後援申請書を持って京都新聞社や教育委員会、スポーツ振興室など関係機関を訪問。
そして夕方は、自治労経済支部の旗びらき。産業観光局の各分野の組合員や理事者が参加。先日、ぼくのホームページのアクセスカウンターの77777にフィーバーした人はご連絡ください、と書いていたが、その場に参加していた某課長がヒットしていましたよ!と嬉しい報告。記念品を渡さなくては。ありがとう!
夜は、在日の友人がぼくの還暦を祝いの会をしてくれる。ケーキや花束をもらい大いに照れる。甦るぞ!ありがとう!
●1月15日(木)
午後、岩倉と大原へ。とある先輩の今後の介護のことで関係者と相談。八瀬を抜けると大原の里は雪景色。寒いよ。昨年オープンした都市農村交流拠点施設「里の駅大原」では、大原産の旬野菜やお餅や漬物などが販売されていて人気急上昇!大原の知人に偶然出会って喫茶コーナーで暫し懇談。国道367号の野村別れから少し西に入ったところ。ぜひ一度立ち寄ってください。
夕方、隠塚事務所で「どうなるどうする京都市 福祉要求運動をすすめる左京委員会」のメンバーで保育園の保育士さんや保護者の方などと「京都みらいまちづくりプラン」についての懇談会。京都が誇る保育行政は、民間の保育園に支えられているがプール制によって職員の給与などが確保されている。そのプール制の予算が削られそうだということで、保育現場の予想される窮状を訴えられる。子育て支援は大きな課題だ。予算市会で大きな議論になるだろう。
●1月14日(水)
昼過ぎ、今や京都の名産品の一つになった「おじゃこ」で有名な松ヶ崎の「たけのうち」の竹内さんと太秦天神川の交通局に出向く。10年間松ヶ崎駅に広告を出されていた経験から地下鉄の広告事業のあり方など葛西管理者と懇談。京都の将来の100年の大計に立って考えれば地下鉄が出来てよっかたし、市民の利便性に大いに寄与しているが、巨額の赤字を抱える地下鉄なので、駅中ビジネスなどで収益を上げることやサービスの向上、京都市挙げての乗客増対策が必要だ。実現できることからやり抜こう!
夕方は、聖護院御殿荘の聖護院学区の新春懇談会と「みやこめっせ」での自治労建設支部の旗びらきを掛け持ち。聖護院学区では1昨年夏まで4年間事務所を構えていたので諸団体のメンバーとも親しくなっているので和気あいあいと懇談。また自治労建設支部には組合員や建設局と都市計画局の局長部長らも等も多数参加、ご挨拶。
●1月13日(火)
60歳の誕生日。還暦だ!朝からこの60年をどう生きてきたか考える。生まれたのは1949年(昭和24年)、戦後もちょっと落ち着いたのか、ベビーブーム、団塊の世代。湯川博士がノーベル賞受賞。松川事件や三鷹事件があった年。今は「国際学生の家」のある錦林幼稚園に入園。第四錦林小学校に入学したのは1956年(昭和31年)。進駐軍の記憶がかすかにある。7クラスあった。1,2年の担任の先生は左京共同作業所を立ち上げられた松葉弘先生。5、6年は今はなきゴジラこと山内光夫先生。吉田山でよく遊んだ。力道山や長島茂雄が若乃花がヒーローの時代。60年安保闘争のとき京大のデモを見ながら通学していた。
近衛中学校に入学、確か17クラスだった。初めての衛星中継がケネデイ大統領の暗殺のニュース。自由の学園、鴨沂高校に入学したのは東京オリンピック、1964年(昭和39年)。山岳部で北山を歩いた。北山荘で酒も飲んだ。恋もした。青春を謳歌した。ベトナム戦争が始まっていた。一浪していた1967年秋、羽田闘争で京大生が亡くなった。
1968年、同志社大学文学部文化学科文化史学科に入学。山岳部に入ったが途中で辞めた。6・15東京でベ平連のデモに初参加。夏には京都ベ平連のメンバー等と宝ヶ池の国際会議場であった「反戦と変革のための国際会議」の裏方をした。大学闘争、全共闘運動が全国に広がった。1969年、20歳。反戦脱走米兵ポールが逮捕され、川端署で抗議行動。夏、沖縄を旅した。70年、ゲバラに憧れてキューバにサトウキビ刈りに。71年、沖縄と台湾を放浪。72年、岩国に反戦喫茶「ほびっと」が開店。京都と岩国を行ったり来たり。24歳の時、結婚。上賀茂で喫茶店の住み込みを1年ほどしたあと、駱駝館の雇われマスターをしながら大学に通った。27歳のとき、9年も在籍した大学も1977年卒業。論文は「プエルトリコ史」。長男が生まれた。京都イングリッシュセンターで留学生問題の調査をした。
1979年30歳のとき、「猫もネズミも怒ってる」と市会議員選挙に初挑戦。1661票。さわやかな選挙だった。あれから30年経つのだな。それからロシナンテ社で「月刊地域闘争」の編集などしながら34歳のとき2回目の挑戦。また負けて中央市場で働いた。
1987年(昭和62年)三度目の正直、社会党大躍進!土井たか子さんのとき、府会議員に清水達也氏とともにアベック当選。京都新聞の十大ニュースにも写真が載った。古都税紛争の今川市政の末期、昭和から平成に。中野進さんを担いだ市長選挙、田邊市政の誕生、社会党の除名も経験。同和行政のあり方に果敢に提言をしたの90年代半ば。3期目の選挙は阪神大震災の年95年、同志社大学院総合政策科学研究科に社会人入学。
96年桝本市政に。98年に大学院修了。社会党は社民党に変わったが、98年には民主党が結成され民主党に入党。99年春、4期目の当選、民主・都みらい京都市会議員団が結成。2003年5期目の当選、06年副議長に。副議長は落選するという「ジンクス」の通り2007年4月選挙で38票差で惜敗するも6月奇跡の繰り上げ当選。2008年春門川市長誕生。そして2009年の年明け。
馬齢を重ねて還暦を迎えた。遠くまできたものだ。ようここまできたよね。みなさんのお陰です。ありがとう。
そしてこれからのわが人生のテーマは「甦り」。初心や原点を忘れることなく、体を鍛えなおし、気力を充実させて、「団塊の世代、もうひとふんばり!」と決意をした。そして今年は、同時代を生きた友人たちを招いてシンポジウムなどを開催したいと思っている。同輩たちよ、よろしく!
昼過ぎ、ぼくと誕生日が同じ日の27歳の青木芳香議員とささやかな誕生祝い。夕方は、メールニュース新春号の発送作業!穏やかに還暦を迎えた。誕生祝の電話やメールをありがとう!同世代よ!がんばろう!
●1月12日(月)
10時前、吉田神社へ。成人式ということで着物姿のお嬢さんたちが晴れやかに集まり祭事。関係者に挨拶だけして直ぐに韓国民団京都府本部の新春年賀交歓会に。共生・人権・平和がスローガン。金有作団長や来賓の挨拶の後各議員らが壇上に上がり紹介していただく。例によってぼくは「セヘ ポンマーニ パドゥセヨ」とひとこと。地方参政権の実現を図りたいものだ!
午後は、岩倉は明徳小学校で恒例の岩倉北、明徳、南の消防分団の初出式。校庭で点検査閲が凛々しく行われたあと講堂で表彰式。そして昆布茶で乾杯!その後、新年のご挨拶を数軒。
夜は、京都サイクリング協会の新年会に呼ばれて懇談。5月31日にデンマーク大使館共催の京都でエコサイクリングツアーが企画されているのでその顔合わせ。琵琶湖一周をしたのは中学生の頃だったか。60代のサイクリストも多くぼくも感化された。山も歩けるようになりたいし、自転車で颯爽と風を切って走りたいね!当分は愛車のママチャリで市内を走るか。
●1月11日(日)
雲ひとつない好天の下での京都市消防出初式が岡崎公園で。昨年一年間の火災件数は198件!快挙ですよ!消防職員、消防団、自主防災会、自衛消防隊の努力と市民の防火意識の高揚がこの記録の達成を生んだ。挨拶の後、車両行進や消防署職員に消防団員、幼稚園の園児や消防少年クラブの児童、そして京都学生消防サポーターの面々が行進。来賓席に座った議員は、各地元の消防団が行進すると立ち上がって拍手。そして各自主防災会の消火訓練やレスキュー隊の訓練が終わると冬空に一斉放水!市民の安心・安全のまちづくりのために関係者のみなさんの努力に感謝。
終了後、昼食を食べながらの新年最初の議員団会議。理事から今後の日程など説明があり、今年も議員団、がんばろう!と乾杯。昨年の今頃は京都市長選挙を控えてピリピリしていたが、今年は穏やか。
その後、議員団のスタッフの中村嬢と一緒に熊野神社近くで女子駅伝を応援、そこでは、京都は2位だったが、逆転して5連覇!美術館での「日展」を鑑賞して、動物園にも挨拶。ちょうどシロクマを屋外から屋内の部屋に移すところ、悲しい事故を教訓に安全確認を怠りなく慎重に飼育係さんが作業をしていた。がんばって!
夜は聖護院御殿荘で恒例の聖護院消防分団の初出式。地元の各種団体長さんや国会府市会議員が参加。表彰式の後、懇談。聖護院学区では2年9ヶ月千日ちょっと無火災記録を更新中!同級生の吉川文一分団長をはじめみんながんばってるよ!
●1月10日(土)
朝8時過ぎ、眠たいけれど小雪が舞う吉田神社へ。大文字山は雪化粧!京都掃除に学ぶ会「便きょう会」を見学に。昨年は同僚の山岸議員が階段で転んで骨折した日。門川大作市長もおくさんと一緒に来ていて挨拶。タフな市長だね。たまの土曜日の朝ぐらいゆっくりしたらええのにと思うけれどその勤勉さに敬服!怠け者のぼくにはとてもできっこないよ。そやけどほんまに体に気をつけや。何もしなかったけれど豚汁をご馳走になる。食い逃げやな。ともあれみなさんご苦労さん。
昼前は、鴨沂会館で社団法人鴨沂会を公益法人化するべく定款を改定する為の委員会。内閣府の見本を参考に議論をするがややこしことこの上ない。
そして1時過ぎ三条京阪で民主党2区総支部の街頭演説。寒いよ!前原議員を筆頭に北岡、隠塚、藤川、中野、豊田議員が演説。時の人でもあるが、民主党への期待があるのか、前原議員と記念写真を撮る人たちが3組ほど。がんばれよと!声をかけてくれる人や手を振ってくれる人も今までより多いかな。政権交代待望論が世論だな!
その後、中国は上海で仕事をしている親戚のまた従兄に久しぶりに再会。上海も一時の活況から北京オリンピック頃から経済情勢も急降下しているらしい。商売をたいへんみたいだが、上海の日本人会のことや町並み保存のことなども話題に。いちど中国に行ってみたいね。
3時過ぎには部落解放センターに。部落解放同盟京都市協議会の荊冠旗びらき。この20年ほどぼくはほぼ毎回参加しているが、今年は、行政の参加者が格段に減少し数人になり、そして今までは黄色のゼッケンを付けていた同盟員も今年はそれを外した。同和地区にある、かっては隣保館と言われていたコミュニティセンターからの市職員の引き上げ、廃止を門川市長が表明したことで、解放同盟も危機感を持って反対の署名運動をするという。ぼくが隣保館のあり方など同和行政のあり方や運動のあり方について大胆な提言をしたのは15年ほど前。同盟員のみなさん、ぜひ94年と96年の5月市会の議事録を読んで欲しい。
夜は、一乗寺の喫茶「のん」へ。毎年恒例の豊田勇造「湯たんぽ ぽかぽかライブ」。豊田勇造が歌い始めて40年、彼も今年還暦だ!6月6日には円山音楽堂で60歳にちなんで60曲を6時間かけて唄うという。参加費はなんと無料だ!ぼくも行くで!ボブ・ディランの「風に吹かれて」を久しぶりに聞き、「桜吹雪」や「大文字」が心にしみる。去年も100箇所ほど全国でライブをしたという。声が出る限り唄い続けて欲しい。
●1月9日(金)
昼前、恒例のライオンズクラブ2R1Zの新春合同例会。堀川、天神川、北桑田、洛陽など幾つのかのクラブが集まっての合同例会。わが京都高野川ライオンズクラブは少数精鋭?ぼくは年男ということで壇上に。牛にちなんだクイズも。ぼくはええかげんなクラブ員だよ。
午後、二条駅の住宅展示場のリブラ二条へ。三輪晃久さんが描いた吉田節分祭のポスターがデジタル化された展覧会。昭和30年代からの30点ほどのポスターが展示されていた。わが事務所の一階カルチャーガーデン「吉田の森」で1月中旬から2月上旬まで展示の予定。ぜひご覧ください。また2月2日3日の節分のとき吉田神社社殿の巫女さんのところにぼくは座っているのでぜひお声をかけてください。
夕方は、連合京都の旗びらき。山田知事、門川市長をはじめ連合京都が推薦した府内市町の首長や民主党の国会府市会議員が勢揃い。厳しい経済状況で雇用不安が広がる中での解散総選挙に向けての気合あわせ。連合京都が結成されて20年になるのかな?各労組の役員さんたちも随分世代変わりしたな。
●1月8日(木)
吉田神社の氏子のみなさんらとお伊勢参り。10年ぶりぐらいかな?新名神が開通したので出発は午前8時。吉田神社の若い神官らが添乗。ご近所の親しい人たち30人の一行。10時過ぎに伊勢について外宮から内宮に参拝。清涼な五十鈴川や木立が霊気をかもしだしている。おかげ横丁では地酒の白鷹で温まる。伊勢名物「赤福」の店はたくさんの行列。あの騒動から1年かな人の噂も75日。二見が浦で昼食。穏やかな潮騒。3時過ぎ出発。
6時前山科で下車して地下鉄でまずは国際ホテルの自治労京都府本部、タワーホテルでの京都水道労組、ロイヤルホテルでの京都交通労組の旗びらきを議員団の面々と3箇所をハシゴ。来年からは一緒の日にしないでよ!
●1月7日(水)
10時から中大路町の方の告別式。ぼくが小学生の頃か、わが家ではチボーという名のコリー犬を飼っていたがその子犬をいただいた奥さんでおふくろの友達。ご近所の方が参列。ご冥福を。
昼、岩倉の友人の工務店のもちつき大会に。穏やかな日和。50肩をして以来、杵を持つのが苦手。焼きそばや豚汁をご馳走になり親しい職人さんたちと歓談。午後、松ヶ崎の友人宅でご挨拶とともに、交通局の広告事業のあり方や食品の地産池消についてお話を伺う。
また夕方、梶宏さんと今後の京都市政のことで懇談。夕方は、自治労市職の新年の旗びらき。いつものように新年会と旗びらきの肝臓が試される日々の始まり。飲まなければいいのだが、そうもいかず。市役所職員の給与カットを巡る昨年末の確定闘争のことなどもありイマイチ元気がないな。されど公共サービスの向上と市民に信頼される市役所にするために職員団体としてがんばってもらわねば。
●1月6日(火)
毎年正月恒例の左京区役所での「左京新春文化の集い」とした新春賀詞交歓会。社会福祉協議会や市政協力委員や体育振興会、保健協議会や消防団や女性会など各種団体の人、また左京区選出の国会・府・市会議員が勢揃い。和服を着た波部区長が挨拶。いつものように中川廣山氏と中川景子さんの琴の演奏と花柳双志津さんの日舞。未生流笹岡勲風家元は、今年は松とバラと黒と赤の竹による生け花の解説と陰と陽のお話。和気あいあいと交歓会。
午後、事務所への来客は、「故郷の家」の伊基理事長ら。東九条に完成した故郷の家はキムチと梅干が食べれる特別養護老人ホーム。在日の高齢者の念願の施設。この4月には韓国からも多くの方が来られて竣工祝賀会を開催されるとのこと。計画段階から色々と相談に乗ってきた経過があり感慨無量。
夜は、今年還暦を迎える1949年1月生まれの市役所の友人等3人で「炎の火」で還暦祝い。学生時代のこと、これからの京都市のこと、これからの人生をどう生きるか、などワイワイ。楽しく飲む!まだまだがんばろう!
●1月5日(月)
今日から仕事始め。午前10時前、経済総務委員会副委員長として中央市場の初市式に。式の始まる前、久しぶりに古巣の水産棟を歩く。中央市場でデッチ車を引きモートラに乗って走り回っていたのは30代なかば。ほぼ3年半、塩干部門の仲買の山本水産で働いていた。その頃は、中央市場も活気があった。鮮魚部門はともかく、塩干部門は60店舗を切って寂しい限り。当時世話になった関係者に挨拶。式典には、門川市長も挨拶に。昆布茶で乾杯。そして久しぶりに当時よく飯を食っていた食堂で定食を食べる。店主も元気そうでよかった。
午後は、京都水道労組、連合京都、京都交通労組、自治労府本部、きょうと教組、そして市役所の自治労市職など組合と主だった局長等に新年の挨拶回り。
午後遅く、市原へ。市役所OBの方の介護の相談をご家族から受ける。今年最初の相談ごと。また知的障がい者の施設「わかば」にも新年のご挨拶。短期入所も始めることになりスタッフのみなさんも張り切っておられた。それから土砂災害防止法に関わる特別警戒区域の指定のことで相談ごと。この法の趣旨は理解できても警戒区域に指定されると家の建て替えや売買に色々な問題が起きそうだ。いちど資料を集めてみよう。
●1月4日(日)
正月休み最後の日曜日。昼過ぎ、三条京阪で民主党京都府連2区総支部の年頭の街頭演説。ダッシュ号の上に上る。前原、福山、松井の3人の国会議員、中野、藤川、隠塚、そしてぼくの4人の市会議員、さらに1区から出る平智之候補が揃う。今年こそ政権交代だ!暖かい陽射しの中、気合を入れて演説。
その後、全国の高校の英語の入試問題をネットで公開した自習ネット・英語広場を立ち上げた阪東君が演説を聞いてくれていたので、暫し懇談。高校受験を控えている中学生諸君!ぜひアクセスして自習してみてください。合格間違いなし!
夜、事務所で雑務をしていると左京消防署からファックス。浄土寺で火災発生とのこと。近くなので駆けつける。鎮火していて浄土寺の消防分団の面々が寒い中警戒に当たっている。左京では、今年最初の火災。類焼がほとんどなかったのが不幸中の幸いか。9連休だった正月休みもこれにておしまい!
●1月3日(土)
午前10時から吉田氏子講社の理事会。本宮、神楽岡社、今宮社を巡拝した後、講社長の鈴鹿隆男さんと澤井宮司さんのご挨拶。理事会では、氏子講社50周年ということで、色々とご尽力された方が表彰。そして年間の予算や予定など説明があって淡々と進む。昨年の吉田のお祭は京大時計台前を巡幸して盛り上がったが、今年も楽しみ。剣鉾を差そう!
午後は、ふと思い立って大文字山登山。夏の送り火の日に上って以来、ひとりで銀閣寺からゆっくりと登る。大の字のところの手前の150段の階段も一気に登る。雲の間から差す太陽の光がきれいだった。せっかくきたのだから、と時雨で濡れた道だったが三角点まで足を伸ばす。何十年ぶりだろうか!鴨沂高校時代は山岳部だったのでトレーニングで何十回と登ったものだ。今年は山歩きができるようになりたい!頂上から見下ろす京都の風景はまた格別なものであった。夕暮れも近かったので大津へ抜けるのは諦めて尾根伝いに京都一周トレイルの道標にしたがって蹴上の日向大神宮に下りる。天の岩戸なるものに潜って疏水のインクラインを歩いておよそ4時間のコース。膝が笑うことなく、久しぶりに山歩きを楽しんだ!
夕方、わが家には叔母ちゃんと従姉夫婦が来客。わが両親と家族も揃いいつもの正月の風景。親父は今年90歳、おふくろは83歳かな。みんな長生きしてよ。
●1月2日(金)
昨年は薬師寺に行ったので、今年も昼前、奈良は薬師寺に。初詣の人も多い。平山郁夫画伯の玄奬三蔵院大唐西域壁画が展示してあり、昨年も感動したがシルクロードの美しい風景に圧倒される。管主の講話もあったが、イマイチかな。帰途、奈良公園周辺をドライブして帰京。年に数度の家族サービス。夜は、のんべんだらりとテレビ見ながらチビリチビリ。
●1月1日 元旦(木)
明けましておめでとうございます。
どんよりとした曇天の元旦の朝、今年は還暦の歳。ようここまで来たものだ。
午前7時過ぎにいつものように吉田神社へ。本宮社殿での歳旦祭。いつものように雅楽が流れ、神事が行われれる。厳粛な気持ちになって一年のスタートを期す。新年互例会では、「年のはじめ」を歌いオチョコで乾杯。そして氏子講社のみなさんに新年のご挨拶。今年もみなさん、よろしく!今年も穏やかな元旦で寒くなくてよかった。
そしていつものように9時過ぎには、家族で白味噌の雑煮で新年のお祝い。正月は朝から酒が飲めていいね。今年の年賀状の配達は早かった。たくさんの年賀状に目を通す。ありがとうございます。面白かったのは牛に扮した剣鉾仲間の郵便局長さん、いつもながら初笑い。嬉しかったのは、10年ほど前最初の学生議員インターンシップで来ていたN青年が結婚したとのこと。おめでとう!よかったね!
午後、近くの須賀神社と熊野神社に初詣して、それから鴨川を散歩。丸太町橋から北大路橋まで歩く。どんよりした天気だが、凧を揚げる正月の風景。
今年は体を鍛えるのだ!暴飲暴食を謹んで体重をちょっと減らそう、と思ったが、夜はまた飲んだ。
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